第74話 パーティー当日
王国歴162年11月5日 昼頃 レーエンスベルク領 宿屋にて――
パーティー当日は曇り空が広がり、街の雰囲気を表すような天気になった。
けれども、辺境伯が出陣したために街には安堵の空気が広がっていた。
午後にはシャルロッティの店で着付けをしてもらう。
「いらっしゃいませ」
シャルロッティが笑顔で迎え入れる。
ティアナが着付けをしている中、イルマはレオンシュタインにパーティーに行かないことを伝える。
「
レオンシュタインが何と言っても、意見を変えなかった。
「でも、レンタル料はいただきまっせ」
シャルロッティは着付けをしながら、顔だけイルマの方に向けて宣言する。
行きたくないものは仕方がない。
すると、ヤスミンまでが行きたくないと言い出した。
さすがに随行員が少ないと思ったのか、バルバトラスがパーティーの良さをヤスミンに力説する。
「嬢ちゃん、お城のパーティーともなると美味しいものが山ほど食える。儂はそのために行くようなもんだ。タダだしな、ぐはははは」
「……行く」
けれども、ヤスミンまでがドレスの着用を断ったため、シャルロッティはお城のドレスコードに引っかからない程度の服をヤスミンに用意した。
「さすがに、キャンセルでお金をもろても、うれしないねん」
シャルロッティの好意でヤスミンはこざっぱりしたワンピースを用意してもらった。
色もグリーンでヤスミンのお気に入りだ。
「楽しんできてな」
シャルロッティに見送られながら、フリッツの馬車はゆっくりと城へと向かっていった。
城に来ている馬車はさすがに華やかで、フリッツのような業務用の馬車はほとんど見られなかったため、逆に目立っていた。
「あのみすぼらしい馬車は何でしょう? 場違いですわね」
「まさか、招かれてもいないような貧乏貴族が来てしまったのか?」
そんな噂が広がる中、ティアナ、ヤスミンがゆっくりと降りてくる。
ティアナの頭は薄いヴェールで纏われていた。
それはシャルロッティのアドバイスだった。
「そんな目立ちたないんやったら、ティアナはん。ヴェールを被っていけばええやん。別に誰とも踊りたないんやろ」
しかも、ちゃっかりと銀貨1枚のお金を請求せしめたのだった。
ただ、城の受付では一悶着が発生していた。
2人の美女が来るとのことだったのに、ドレスを着ているのは一人だけ。
顔もヴェールで覆われている。
「これでは中に入れるわけにはいかんな」
受付の男が傲慢な口調で入場を渋っていた。
そのため、ティアナはヴェールを取り、相手に尋ねる。
「一人は具合が悪いのです。駄目でしょうか?」
その憂を含んだ表情で見つめられた男は、ティアナの強烈な美に当てられてしまった。
その場に立ったまま、放心したようにティアナを見つめ続けている。
しばらくして、ようやく気を取り戻すと、思わず、
「合格!!!」
と言ってしまった。
「はい?」
ティアナが訝しげな表情で聞き直すと、受付の男は自分の間違いに気付き、早口で
「どうぞ、どうぞ!」
と、籾手をせんばかりに中へと誘導した。
結局、フリッツとイルマは門の外で待つことにしたため、レオンシュタイン、ティアナ、バルバトラス、ヤスミンがパーティーに参加することになった。
案内の人に導かれながら、4人はゆっくりと城の廊下を進んでいく。
「さすがホーエンシュヴァンガウ城。堅牢の中にも優雅さがありますね」
レオンシュタインは素直に城の内装を賞賛する。
やがて、目の前にパーティーのメイン会場の大広間が現れた。
夕方にも関わらず明るく照らされており、シャンデリアなどの装飾がいっそう煌めきを放っている。
会場にはすでに多くの参加者がおり、足の踏み場もないくらいだ。
また、様々な地域の料理が所狭しと並べられており、異国のスパイスの香りやフルーツのかぐわしい香りが入り交じっていた。
その中を目立たないように歩き、隣の中規模の広間を目指す。
こちらはサブ会場になっており、レオンシュタインが望むものが、そこに置かれているはずなのだ。
あった。
会場の一番奥にレオンシュタインが恋い焦がれる1台のピアノが見える。
レオンシュタインは急ぎ足で近づくと、まず、全体の姿を鑑賞する。
かなり息が荒い。
もう、同行の三人は目に入っていない。
ピアノの側ににじり寄っていき、おそるおそるピアノに触れる。
「こ、これが……。シュタインヴェークのピアノ!」
上気した頬でレオンシュタインは鍵盤にさわる。
「この鍵盤の手触りも……。イイ!」
椅子に腰掛け、両手を鍵盤におき、全ての音を確認する。
会場にピアノの音が鳴り響く。
音はだいたい正常の範囲内のことを確かめると、音階の練習に入る。
レオンシュタインの指が鍵盤の上を滑るように動いている。
しばらくピアノに触っていない人間の出す音とは思えない。
練習なのに、既に素晴らしい演奏になっている。
低音部から高音部まで、あっという間に指が走っていく。
音に気付いた人々が少しずつサブ会場に集まり始める。
「ティア、何か聴きたい曲があれば弾くよ」
満面の笑みでレオンシュタインは聞いてくる。
嬉しくて堪らないといった表情だ。
それを見てティアナも胸が躍る。
「シェーンベルクがいいな」
「悲愴ですね。了解です」
そういうと、ピアノの鍵盤が踊り始める。
楽々弾いているように見えるけれども、左手の動きが特に難しい超絶技巧練習曲だ。
聴いている方は楽しいが、弾く方は大変だろうと思うのに、レオンシュタインは平然と弾いている。
感情が溢れる叙情的なメロディーに、レオンシュタインの嬉しさが入り交じって、複雑な演奏となる。
音が多重に響き渡り、気がつけば周りは観客であふれている。
「
ティアナの耳には、周囲から感嘆の声ばかりが聞こえてくる。
最後の小節を弾き終わると、観客からブラボーの声がかけられる。
拍手も鳴り止まない。
レオンシュタインは立って、ぴょこんとお辞儀をした。
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