第75話 そんなに私のことを

「ねえ、レオン。次は大円舞曲なんてどう?」


「いいね。みんなが踊ってくれるとうれしいな」


 ティアナはふふっと微笑みが自然に浮かんでくる。

 レオンシュタインが楽しそうにピアノを弾いている姿は、ティアナを幸せにする。

 ティアナは思わず、


「次はワルツを弾きますよ。踊りたい方は準備してください」


 と周囲に呼びかけてしまった。

 すぐにティアの周りは20人ほどの男たちで埋め尽くされる。


「では、わたしと一緒にお願いします」


「先ほどから、ずっと準備をしておりました」


「あなたの手をとる光栄は、どうぞわたしに……」


 ティアナは慌てて、そういう意味じゃないと否定するが、どんどん男たちは近寄ってきた。


 レオンシュタインの演奏が始まると、大勢の人たちが踊り出す。

 軽快なワルツのリズムは、正確で人々の気持ちを浮き立たせる。

 レオンシュタインのピアノも踊っているように絶好調だ。


 人々に笑顔があふれ、みんな幸せそうな表情で踊っている。

 中ホールには、入りきれないくらいの人で溢れかえっていた。

 ただ、ティアの近くは、別の意味で男たちが溢れていた。


「初めて貴方を見たときから、私の目は貴方から離れません」


「私と踊っていただけませんか。お嬢さん」


「ああ……。あなたの瞳はまるで月のようだ」


 けれどもティアは、にべもない。


「私は、今ピアノを弾いているレオンシュタイン様の」


 妻と言いかけて、思わず口ごもる。

 許嫁? いやいや、まだ完全には決まってないし。

 でも、友達って言うのも……。

 あれこれ考えて顔が真っ赤になってしまうのだが、それがまた男たちを引き寄せてしまう。


「嘘はいけません、フラウ。あなたには、この男爵バロンたる私こそふさわしい」


男爵バロンごときが出しゃばるな」


「ピアノ弾きなんて、あなたにはふさわしくありません、フラウ」


 その瞬間、ティアの眉毛が吊り上がる。


「おい、今なんつった?」


 周囲の男たちがあまりの変化に戸惑ってしまう。

 けれども、怒っているティアナにはまた別の美しさがあった。

 どMどもには堪らないだろう。


 そんな諍いをよそ目に、レオンシュタインは夢中で鍵盤を鳴らしている。

 最後の小節を弾き終わったとき、拍手とともに大きな溜息があちこちで聞こえてきた。

 えっ、もう終わりなのという溜息だった。


 次の瞬間、歓声とアンコールが響き渡る。

 もはやメインホールに残っている人は、少なくなりつつあった。

 この小さなホールに、招待客がどんどん入り込んでいる。


「目障りだな。あの男」


 メインホールにいたゲオルフが苦々しく呟くと、近くにいた執事の男が部下に指示を出す。


「酔漢を装って、あいつを痛めつけろ」


 手下の男がすぐにレオンシュタインたちの会場に移動してきた。

 けれども、レオンシュタインとティアナは気がつかない。


「うるせえ。へたくそなピアノは止めろ!」


「酒がまずくなる」


 その大きな声に、周囲の人々はさっと潮が引くようにピアノから離れていった。

 レオンシュタインは事態が飲み込めず、ただ呆然としていた。

 4人はレオンシュタインの近くまで歩いてくる。


「だいたい、お前みたいなのがピアノを弾くなんて10年早いんだよ」


「これは、ゲオルグ様のパーティーだ。目障りだ」


 そういって、レオンシュタインをつかもうと手を伸ばした瞬間、手の甲に雷の矢ブリッツが撃ち込まれる。


「痛え! 誰だ?」


「汚い手でレオンに触らないで!」


 いつの間にかレオンシュタインの側にティアナが立っていた。


「せっかくの素晴らしいピアノの音色が……。誰の差し金ですか?」


「誰の指図でもねえ。俺が気にくわねえんだ」


 と言った瞬間、4人の足が雷の矢ブリッツで地面に縫い付けられる。


「次は、足ではなくて心臓を狙いますよ」


「た、助けてくれ!」


「お、俺たちは頼まれただけなんだ!」


 ティアは冷たい目のまま、さらに問い返す。


「誰に頼まれたんですか?」


 男たちは口ごもって横に視線を向ける。

 ティアは無言で詠唱すし、男たちの身体から雷光が光る。


「ぐあ!」


「思い出しましたか?」


 笑顔でティアが尋ねるが、全く笑っていない目が怖い。

 男たちは、まだ口を開かない。

 ティアはさらに詠唱する。


「はい! 思い出しました!」


 男たちは一斉に白状する。


「あの人です!!」


 全員、一斉にゲオルフを指さす。


「そう。やっぱりね」


 ティアナはゲオルフの近くに、つかつかと寄って行く。


「どういうつもりですか。こんなことをして」


 形の良い眉をひそめながら、ティアナはゲオルフに詰め寄る。

 けれども、ゲオルフは全く気にせず、別のことを話し出す。


「フラウ。名前を教えてください。今日は私の伴侶を見つけるパーティー。貴方の美しさは際立っております。このゲオルフに相応しい」


恭しく手をとろうとするゲオルフの手を払いのけ、ティアナは叫ぶ。


「もう一度言います。レオンシュタイン様への無礼、どういうつもりですか?」


ティアは怒りを隠そうともせず、ゲオルフを睨み付ける。

 ゲオルフは意に介さず、ティアに近づいてくる。

 近くにある林檎を掴み、それを握りつぶし自分の力を誇示する。


「フラウ。私は辺境を守る守護神です。力も今、見てもらった通りです」


 さらにティアナに近づき、ティアナに触れようとする。

 その瞬間、


「ティアに触るな!」


レオンシュタインはティアの前に立ち塞がり、触れようとする手を払いのける。


「……何のつもりだ。次代の辺境伯マーグラフに向かって無礼であろう!」


 ゲオルフの怒る様子を全く無視しながら、ティアは頰を赤らめ、手を口に当てる。


(レオン。そんなに私のことを)


 レオンシュタインは何かを伝えようと声を出す。

 ティアナはその言葉を、大切に受け取ろうと心の準備をする。


「い…」


 レオンシュタインは口ごもる。ティアナは胸の前で手を組みながら、次の言葉を待った。


「い…いくらかかると思ってるんだ!」


 はい? 


 首をかしげるティアナ。

 レオンシュタインは意を決したように、


「その衣装は借りているんだ。汚すと、いくらかかると思ってるんだ!」


 ゲオルフは、分からないなと首をふる。

 同時にティアナの目がすっと細くなる。


「ねえ、レオン様。とは思いますが、私より衣装の方を心配しましたか?」


「えっ? いや……」


「正直にね」


 ゆっくりとティアナが迫ってくる。

 レオンシュタインは慌てて、


「い、いや。ティアなら、あんな奴にやられな……」


 その瞬間、レオンシュタインの前の床に雷が落ちる。


「当然、のことを、案じてくださいましたよね?」


ティアナの笑顔が怖い。

 周りの人たちは『何を見せられているのか?』と困惑の色を浮かべている。

 レオンシュタインを睨みながら、ティアナは衣装の胸元に手をかける。


「あら? こんなところに糸のほつれが」


ティアナはそう言いながら、思い切り服を引き破る。

 ビビッという音が静かなホールに響き渡り、周りの男たちから感嘆の声があがる。

 大きく胸元が開き、もう少しで見えてしまいそうになる。

 当のティアナは全く気にすること無く、レオンシュタインに話しかける。


「申し訳ありません。レオン様。を直そうとして、手が滑ってしまいましたわ」


レオンシュタインは、おろおろしながらも、この場をどうやって切り抜けるかを考えていた。

 次の瞬間、レオンシュタインはティアナを突然、突き飛ばした。


「痛! 怒ったの?」


倒れながらティアナは毒づく。

 けれども、レオンシュタインを見て、愕然とする。

 レオンシュタインの左肩に矢が突き刺さっていた。


「レオン!!」


ティアナの悲鳴がホールに響き渡る。

 そこに、ゆっくりとゲオルフが近づいてきた。


「俺のものにならないというなら、無理にでもなってもらうさ」


レオンシュタインにすぐに駆け寄って、矢を抜くティアナ。

 肩からの血がみるみるうちに、ティアナのドレスを紅く染めていく。


「誰か! 助けて!」


ティアナは叫ぶが、周りの人々は遠くに去ってしまう。

 近寄ってきたのはゲオルフとその配下だけだった。

 そのうち3人は弓をかまえている。


「詠唱するなよ。その瞬間、その男に矢が刺さることになっている」


しんとしたホールにゲオルフの声だけが響いている。


「さあ、こっちに来てもらおうか。まさか嫌とは言わないよな」


にやにやしながらゲオルフが手招きをする。

 悔しそうにゲオルフを睨むティアナだが、選択肢は一つしか無かった。

 のろのろと立ち上がると、ゲオルフの側に歩いていく。


「いい子だ。そして、誓ってもらおうか。俺の妻になることを」


「誰がお前の妻になど、なるものか!」


吐き捨てるようにティアナは答える。

 その瞬間、ゲオルフの右手が動き、レオンシュタインの頭の側に矢が突き刺さる。


「止めて!」


そう答えるティアナの顔がみるみる青ざめる。

 ゲオルフは口元に下卑た笑いを浮かべながら、


「さあ、俺の側に寄れ。そして、誓いのキスをするんだ」


ゲオルフを睨み付けるティアナ。

 けれども、弓がレオンシュタインを狙っているのを見ると、ぎゅっと口元を結ぶ。


「どうした? さあ早く!」


目をつぶって、ゆっくりとゲオルフに顔を近づける。


「ティア! 止めろ!!」


びくっとレオンシュタインの方を見るティアナ。

 しかし、ゲオルフが強引に自分の方へ抱き寄せる。


「!」


ティアナの目に涙が浮かぶ。

 ゲオルフの熱が感じられるくらい近い。

 ついに、ティアナの唇に押し当てられる。

 ティアナ目から一筋の涙が、つうっとこぼれ落ちていった。


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