第63話 チャールダーシュ誕生
王国歴162年10月18日 18時頃 教会近くの酒場にて―――
「何だ、今日も来たのか」
椅子に座って酒を飲んでいたイザークは、
馬鹿にしたような呆れたような表情を頬に浮かべている。
「その度胸だけは認めてやるよ」
ビールのジョッキを目の前に掲げ、乾杯の仕草をする。
けれども、レオンシュタインは笑顔のままだ。
拍子抜けの感はあったが、イザークは
「それでは『チャールダーシュ』という曲を弾きます」
最初の音で全員の耳が引きつけられる。
昨日と同じ暗めの曲だが、酒場の哀愁の雰囲気がよく表現されている。
イザークは、また哀愁のメロディーかとうんざりしたのだ、曲の素晴らしさに次第に惹かれていった。
曲の中にゆったりとしたテンポのラッサンと、音が走り出すフリスカが交互に繰り返される。
フリスカの部分ではバイオリンの弾いている手が見えない。
レオンシュタインの右手が弦の上を小刻みに動き回っている。
哀愁と躍動感、踊りにはぴったりの曲だ。
けれども、イザークは椅子から立つことができなかった。
あまりにも圧倒的な音色への感動で、息をするのも苦しく感じるほどだ。
そこにマスターが飛び入りで参加し、ピアノを奏で始めた。
2つの音が混じり合い、強烈な広がりをもつ。
「酒場には、もってこいの曲だな」
バルバトラスが頬杖をつきながら、ぽつりとつぶやいた。
特にラッサン(ゆっくりとしたセクション)からフリスカ(高速のセクション)の切り替えが絶妙で、盛り上がりがすごい。
レオンシュタインが曲を弾き終わっても、酒場は静まりかえったままだった。
イザークも下を向いて何も言わなかった。
「ガチャ」
従業員が皿を落としたことで、全員が我に返る。
「ブラボー!」
「フォー!」
小さな酒場の屋根を吹き飛ばしてしまいそうな歓声が上がる。
女性の店員さんは涙ぐみながら、レオンシュタインに抱きついてくる。
しかも2人。
「ちょっと、離れなさい!」
すぐにティアナが二人を引き剥がすために腕を掴み、格闘を始める。
レオンシュタインはキス攻めで、真っ赤なまま固まっている。
イザークは降参だという顔でレオンシュタインに近づいてきた。
「もう1回、弾いてもらっていいか」
テーブルに手をつき、赤い目を隠そうともせずイザークは話しかけてきた。
「勿論です。喜んで」
そう言うと早速、調弦を始める。
イザークは大声を張り上げる。
「さあ、素晴らしい音楽に乾杯だ!」
「
「素晴らしい音楽に!」
「素晴らしい演奏家に!」
次々とジョッキが頭上に掲げられる。
それに合わせてレオンシュタインの音が鳴り響く。
ゆったりした部分はよりロマンティックに鳴り響く。
ステージ前のホールで男女が曲に会わせながら踊っている。
フリスカの部分に入った瞬間、店内に拍手と歓声が響き渡る。
「ヤーハー!」
女性の店員は高速で回転しながら、男性客の手を握りしめる。
男性客も足を踏みならしながら、楽しさを全身で表現する。
レオンシュタインの顔に笑顔があふれ、さらに素晴らしい音色を店内に鳴り響かせる。
踊っている人たちは太ももを叩いてリズムを取り、笑顔で踊り続ける。
店内のあちこちで口笛が吹き鳴らされる。
ラッサンのリズムでは男女が互いに見つめ合い、手をつないだまま、ゆったりと回転しする。
そして、突然の早いリズムへと変化する。
レオンシュタインのバイオリンとマスターのピアノは、より情熱的な音を奏でていた。
弾き終わった瞬間、嵐のような拍手と口笛が鳴り響く。
「ヤー!」
「
ずっと拍手とアンコールの声が鳴り止まない。
その中をレオンシュタインはイザークの近くに寄っていく。
イザークの顔を見ながら、レオンシュタインはゆっくりと口を開く。
「昨日、イザークさんに言われて思ったんです。元気になる曲は、とても大切なことだなって。明日の活力になるなって。だから、この曲を作ったんです」
作った? この曲をか? イザークが何も言えずにいると、レオンシュタインはさらに続ける。
「ただ、一日の終わりに神に感謝する時間があってもいいのかなって」
そう言うと、ゆっくりと店内のピアノに近づき、鍵盤にさわり椅子に腰掛ける。
「もう1曲、作ったんです。仮の題名は『神よ、祖国をお守りください』」
レオンシュタインの静かなピアノは、一瞬で酒場を静けさで包む。
みんなは椅子に腰掛けて、レオンシュタインの弾く姿を眺めている。
2フレーズ目で目を閉じ、両手を組み合わせて祈る姿が広がる。
それはイザークも例外ではなかった。
曲が盛り上がり、フォルテの部分でみんな頭をたれ、無意識に手を組み、祈ってしまう。
神の愛、家族の愛、そして祖国への愛が惜しみなく込められている。
イザークは曲を聴きながら、一日の終わりの風景を思い出していた。
畑に一人立ち、オレンジ色の太陽が山の向こうに沈んでいく。
頭上には濃紺の夜空が広がり、1つ、また1つと星が輝き始める。
どんなに嫌なことや辛いことがあっても、その風景がイザークを慰めていた。
あの瞬間だけは、自分は生きていると感じられる時間なのだ。
この曲を聴くことで、あの夕暮れと、ささやかな生きる喜びと自然の美しさを思い出す。
自分は芸術家のようなことを言う男ではないんだがな、とイザークは目を瞑る。
最後のフレーズが終わると、酒場は先ほどとはうって変わって、水のように静かになった。
突然イザークが立ち上がり、レオンシュタインに寄っていく。
そして、肩を抱き、
「いい曲だった」
と一言いうと、そのまま酒場を出て行った。
酒場はまたしても大きな拍手に包まれていた。
レオンシュタインはすぐに後を追いかけると、イザークはもう遠くへ去ろうとしている。
「イザークさん、ありがとうございました!」
と、大きな声で呼びかけるとイザークは振り返りもせず、ただ右手を挙げてそれに答えた。
(多分、この光景は一生忘れない)
レオンシュタインは、そう思いながら、イザークが見えなくなるまでその姿を見送るのだった。
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この場面はレオンシュタインにとって、とても大切なのものとなっています。
音楽も別の場所で紹介してみましたが、邪魔になりませんでしたか?
聴きながら文章っていいと思うんです。
一応こちらで聞けますので、どうぞお試しを(*‘ω‘ *)。
https://kakuyomu.jp/users/shinnwjp0888/news/16817330660812899125
最後まで読んでくださり、感謝感謝です。
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