第61話 酒場での出来事

 王国歴162年10月18日 20時頃 教会の宿舎へ向かう途中―――


 教会の宿舎へ帰るレオンシュタイン一行の足取りは軽い。

 一名同行者が増え、賑やかなパーティーになってきた。

 それぞれ談笑しながら歩いている。


「レオンさん。今日の演奏、本当に素晴らしいものでした」


 フリッツがいつも以上の笑顔で話しかけてくる。

 レオンシュタインはそれほどでもないと謙遜するが、フリッツの興奮は止まらない。


「そもそもレオンさんは何者なのでしょう? ただの旅人とも思えませんが」


 今まで一緒に過ごしフリッツは信頼の置ける人物だと思っていたレオンシュタインは、バルバトラスも加わったことから、一度きちんと話しておかなければならないと判断する。

 そこで、宿舎の部屋で自分の素性を明らかにすることにした。

 全員がレオンシュタインの部屋に集まり、思い思いの場所に座る。


「私の名前はレオンシュタイン・フォン・シュトラントといいます。シュトラント伯爵の三男……いえ、三男でした」


 バルバトラスは考え深そうな顔で聞き入っている。

 それ以上に、真剣な顔だったのがフリッツだった。


「父の死去の際に1年間の修行を言い渡され、今、諸国を歩き、見聞を広げているところです」


 そこにバルバトラスから質問が入る。


「兄ちゃん。修行はどれくらいの予定かな?」


 レオンシュタインは1年間の修行だと繰り返す。

 それを聞き、バルバトラスは6ヶ月くらいかと独り言のように話す。

 レオンシュタインは、その程度でいいのか逆に質問する。


「わしが知っている貴族の例では、六ヶ月で帰っても大丈夫だったぞ。まあ、形式的なものだろうしなあ」


 との情報を話す。

 伯爵家の三男などよくある話だし、その真偽も確かめようがない。

 けれども、バルバトラスは頓着しない。


「わしにとって真実はバイオリンの腕前だけだ。伯爵家かどうか確かめようもないが腕前は本物だ。それに、家にラテン語の家庭教師がいるところも、そんなにないと思うしな。ぐはははは」


 フリッツも同意の笑顔を見せる。


「レオンシュタインさんは、1年間の修行が終わるとどうなるのでしょう? 領土をもつ小領主となるのでしょうか?」


 その部分についてレオンシュタインは何とも答えられない。

 ただ、領土をもらえるような言質はあったことを素直に伝える。

 そんなに大きな領地はもらえず、小さな土地しかもらえないであろうことも伝えた。


「まあ、小さな村でももらえれば、御の字なんですがね」


 レオンシュタインは自分の未来がそんなに明るくないことを、自嘲気味に話す。

 そこで自然に話が終了となり、みんなでご飯を食べに行くことになった。

 空には月が出ており、演奏の成功を祝福しているかのようだった。


 一番近くにある食堂に入り、思い思いの食事をする。

 やはり野菜は少なめで、並べられていたパンは固くて舌触りが悪かった。

 それでも、食べられることはありがたい。

 食べ終わると、フリッツとイルマは先に戻ることになり、残りの3人は隣の酒場を覗いてみることにした。

 やはり祝杯を挙げたい。


 お酒の注文をし、レオンシュタインは薄暗い周囲を見渡す。

 ここでは、リュート、太鼓、バイオリンを使い、みんなのリクエストに応えて演奏する酒場のようだった。

 そのため、前方にステージがあり、人が踊れるくらいのスペースも確保されていた。

 客も20人はいるだろうか。

 座った瞬間、酒がテーブルの上に運ばれ、すぐに乾杯となる。


「では、バルバトラスさんとの出会いに」


「レオンのバイオリンに」


 乾杯の後、レオンシュタインはさすがに気が緩んだのか、短い時間で3杯のお酒を飲み干していた。

 ティアナは林檎ジュース、バルバトラスは赤ワインを飲んでいた。

 見るとステージでは、賑やかな民族音楽を奏でている。

 少し酔いが回ってきたレオンシュタインは、バイオリン奏者の方に近寄っていく。


「あの、私にも演奏させて貰えませんか」


 奏者はいいぜというふうにバイオリンを差し出す。

 レオンシュタインはそれを手に取り、すぐに音を鳴らしてみる。

 その瞬間、酒場がしんとする。

 お酒に酔っているとはいえ、レオンシュタインの奏でる音は強烈に店内に響いた。


「では、何かリクエストはありますか?」


 レオンシュタインが聞くが、特に店内からは出てこなかった。

 マスターから自分が得意なものを弾くようにと話される。

 そこで、先ほど弾いた『ディストラーダ』序曲を弾くことにした。

 先ほどと変わりのない素晴らしい音色が響く。

 

 店内を圧倒するような音が響く中、一人の男がふらふらと立ち上がった。

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