第50話 ティアナとお出かけ
王国歴162年9月20日 6時頃 宿屋の部屋にて―――
「レオン! 今日は私とお出かけだよ!」
朝、窓を開けると太陽の日差しがそのまま部屋の中に届く。
ベッドから立ち上る塵までよく見える。
「……ティア、おはよう。……早いね」
まだ、朝食前の6時である。
レオンシュタインは眠っていたいけれど、ティアナに無理やり起こされてしまう。
昨夜の騒動でティアナを怒らせてしまったレオンシュタインは、明日は一日、ティアナと過ごすことを約束させられたのだ。
「いいえ、時間は有限。あっという間に過ぎ去ってしまいます。久々の休みなんですから、大切にしたいんです」
無理もない。
毎日、魔法の修行とアルバイトをしているけれども、やっぱり遊びたいし、買い物もしたい。
何より、レオンシュタインと一緒にいたいティアナも18歳の乙女なのだ。
朝食を食べながら、ティアナはイルマに念を押すことを忘れない。
「イルマ。今日は護衛はいらないから、ゆっくりしてて」
「ええ? 暇だな」
「宿でゆっくりしてて!」
優しく話しているが、絶対に来るなというオーラを発している。
イルマは、首をすくめて約束する。
朝食もそこそこに、ティアナはレオンシュタインを引っ張りながら、宿を出て行った。
「ごゆっくり~」
そう言いながら手を振り、笑顔で二人を送り出すイルマだった。
朝が早くても市場は、たくさんの買い物客で賑わっていた。
二人は魚の匂いが漂う魚市場で魚を見学しながら、人混みを抜け市庁舎まで歩く。
古めかしくも巨大な5階建ての市庁舎を見上げながら、近くで賑わっている喫茶店の店先に席を座り、店員を呼ぶ。
レオンシュタインは紅茶を、ティアナは林檎ジュースを注文する。
店員の後ろ姿を見ながら、ティアナは両手の指先を絡めながら、気になっていたことを口に出す。
「ねえ、レオン。迷惑じゃなかった?」
レオンシュタインは驚いた様子で全くそんなことはないと否定し、ティアナを優しく見つめる。
そこに、注文していた飲み物が到着する。
レオンシュタインは一口紅茶を口に含むと、タンニンの苦さと爽やかなオレンジの香りが広がる。
飲み込むと熱い紅茶が喉を通り、腹にずしんと落ちる。
ティアナは、ちょっぴり口をつけると、新鮮だねと口元に笑みを浮かべた。
レオンシュタインはティアナやイルマのようにお金を稼いでいないことを、ずっと負い目に感じていた。
二人に働かせてばかりで、自分は毎日バイオリンの練習をしている。
「こっちこそ、ごめんね」
「えっ? 何が」
「お金を稼いでないこと」
すると、ティアナは頬を軽く膨らませながら、抗議する。
「レオン! 今は私たちができることをしてるだけ。いつかレオンにもその順番が回るわよ。だから、気にしない」
自分の順番が早く回ってくればいいと思うレオンシュタインだった。
「そんなことよりも、今日は仮面を取ろうかな」
「ちょ、それは……」
止める間も無くティアナは解呪の呪文を唱え、身体全体が白い光で包まれる。
レオンシュタインは、別に仮面のままでも気にしないのだが、ティアナにも言い分があった。
「レオン、最近ずっとイルマと一緒だよね。イルマは素顔のままでしょ? イルマって綺麗だから」
ティアナは少しうつむき加減になり、寂しそうに話す。
その寂しそうな表情が、心に刺さる。
「そんな綺麗な人がずっとそばにいたら、やっぱり惹かれちゃうでしょ」
レオンシュタインはすぐに否定するが、ティアナは顔を凝視し、納得しない。
「胸も大きいし」
ティアナは少し寂しそうに自分の胸のあたりを抑える。
それを見て、自分は本当に気の利かない男だとレオンシュタインは思う。
今日はティアナのために素晴らしい日にしようと決意し、紅茶を飲み干すのだった。
「ティア。今日はティアが行きたいところに行こう。リンベルクの街を楽しもう」
嬉しそうにティアナは頷き、レオンシュタインの横にそっと立つ。
「じゃあ、行きましょ!」
ところが、行きたいところに行くことはできなかった。
それは、レオンシュタインが心配した通り、ティアナが異様に目立つからだ。
「フラウ、今日はどちらへお出かけですか?」
「今日は、私がリンベルクの街を案内しますよ」
「是非、お名前を教えてください」
10歩も歩かないうちに、周りを囲まれてしまった。
このままではレオンシュタインと離れてしまうと思ったティアナは、レオンシュタインの手を掴み、全力で走り始めた。
「レオン、丘の上に行くよ」
人混みを駆け抜け、リンベルクの街を一望できるアルテンブルクの丘まで走る。
ティアナが見る限り、最近のレオンシュタインは、お腹周りの肉がかなり減り、足腰も強くなった気がする。
ついてくる人は誰もおらず、丘には二人の他に誰もいなかった。
目の前の草原も小さな黄色い花をつけた草花が群生し、少しだけ黄色い絨毯のように見えるのだった。
「レオン、私、今でもこの旅が夢なのかなって思うんだよね」
丘の上から街を眺めているティアナは独り言のように話す。
少し肌寒い風が吹き、レオンシュタインは思わず首をすくめる。
眼下にはリンベルクの街が広がり、教会の尖塔がいくつもそびえ立っていた。
「目が覚めたら、城のメイド用のベッドにいて、朝からいろいろ仕事をして、メイド長に怒られて。だから夢なら覚めないでって」
そう言いながら遠くを見つめる。
レオンシュタインもこれまでの旅に思いを馳せ、一緒に景色を眺めていた。
30分は過ぎただろうか。
ティアナの顔には、いつの間にか黒い仮面がついており、その表情を伺うことはできなかった。
肌寒さを感じたレオンシュタインは街へ戻ることを提案する。
ティアナもそれに賛同し、二人は砂利が敷き詰められた白い道を、ゆっくりと降りていった。
市庁舎に行く道の途中で、4歳くらいの女の子が泣いているのを二人は見つける。
名前を聞いたり慰めたりしたけれども、全く泣き止まない。
ティアナはすぐに女の子を肩車して、お母さんを探し始める。
最初はティアナの仮面にぎょっとした女の子だったが、すぐに頭をしっかり掴み、泣き止んでいた。
大通りに向かって歩き、30分くらい街の中を歩いたろうか。
遠くから名前を呼ぶ声が聞こえ、お母さんがこちらに走ってくる。
女の子はそれを見つけ、ティアナから降り、
「お母さん!!」
と、抱きついた。
「あ、ありがとうございました」
母親はこちらを向き、深々と頭を下げる。
女の子はようやく笑顔になり、
「ばいばい、お姉ちゃん」
と、手を振って去って行った。
女の子はしっかりと母親の手を握っていた。
笑顔の女の子を見て、ティアナは喜んでいた。
レオンシュタインも嬉しくなり、ティアナを見つめながら、
「こういう誰にでも優しいティアが好きだな」
と真顔で語りかけた。
この男は好きだという言葉を安直に使いすぎて、いつもティアナを困らせる。
今回もそうだった。
ティアナは茹でたての
「そ、そうですか? そんなこと、ないんですけど」
そう言うと、意を決したように手を差し出し、お願いをする。
「じゃあ、レオン……。腕を組んで歩いてもいい?」
「駄目に決まってるだろ。このイルマ様の前で」
いつの間にかイルマが目の前に現れる。
「イルマ! あんたいつから!?」
「ずっとだよ、ずっと。気がつかないのはあんたくらいだよ」
「何よ、それ」
この日もそんなに長い時間、二人きりで過ごすことはできなかったが、ティアナはそれでも幸せそうな笑みを浮かべているのだった。
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