第49話 電光石火

王国歴162年9月19日 19時頃 リンベルク歓楽街 西地区にて―――


「今日は現れないかな」


「現れない方がいいよ。誰でも面倒ごとは嫌だからね」


 すると前から歩いてきた一団が、突然抜刀した。

 全身が黒い服装で、どう見ても一般人には見えない。


「へえ、この街の盗賊はやる気満々だね」


「あっちも報奨金が出るんだと。抜剣!」


 4人はすぐに剣を抜き、月明かりに白い剣身がギラリと光る。

 イルマは剣を抜きながら、久々の実戦に皮膚がチリチリするのを感じる。

 すると、向かってくる男の一人が大声で奮闘を促す。


「おめえら、一人倒せば銀貨3枚だぞ。抜かるなよ」


「報奨金もあっちが上か」


 デニスの口元に苦い笑いが浮かぶ。

 敵は6人でこちらよりも多い。

 人数を確認するとイルマはすぐに敵の前に立ちはだかった。


「んじゃ、お先に」


 イルマはその中の一人に距離を詰めると、すぐに相手の剣をとばし、剣身で相手の頬を殴りつける。

 正に電光石火の早業だ。


「ほい、一人」


 そう言いながら、さらに向かってくる賊に紫電一閃、剣撃をくらわす。

 くるくると賊のショートソードが空に舞い上がり、時折月光に反射してキラキラと光る。

 立ち尽くした賊の鳩尾みぞおちに足蹴りし、意識を失わせる。


「ほい、2人っと」


 味方の状況を確認すると、それぞれが賊と斬り合っている。

 隊長、副隊長は優勢で、隊員は防戦一方のため、イルマはその隊員の所に向かう。


「加勢する」


「あ、ありがたい」


 イルマの豪剣がうなると相手の賊は後ろに跳びのく。


「ほう、手応えがありそうな……女か?」


「男にゃ見えないね、多分」


 軽口を叩くイルマに、男は下卑た口調で話す。


「こりゃあラッキーだ。銀貨の他に女まで手に入るとは」


「そう? 手に入る?」


「入るさ」


 そう言うと賊は猛烈に切り込んでくる。

 先ほどの二人とは比べ物にならない細かい突きを繰り出してくる。

 剣で防ぐたびに、鈍い音とともに火花が散る。

 イルマは防戦一方だ。


「ほらほら、どうした。もしかして、俺の剣に惚れたのか? 降参するなら、優しくしてやるぞ」


 卑しい笑いを顔に浮かべながら話す。

 その瞬間、ゴウッという音が唸り、男の手元にイルマの剣が激しくぶつかる。


「残念」


 というと男の剣が鍔元つばもとから折れてしまう。

 イルマは男の首に剣を当て、


「降参しなよ。命までは取らないから」


 降伏を勧める。

 けれども賊は舐めるなと言いながら腰のダガーを抜き、さらに切りかかってきた。


「お前にこの剣筋が読み切れるか!」


 かなりの速さでダガーを振り続ける。

 イルマが一振りする間に、賊は3回以上切り込んでくる。


「俺のダガーは30人の血を吸ってるぞ」


 得意げに話す賊の右手が、ダガーを握ったまま空中に跳ね跳んでいた。

 賊は苦痛に顔を歪め、切られた右手の手首を押さえてうなっていた。


「今度は真っ当に生きるんだね」


 賊の止血をしながら、イルマは諭すように言う。

 賊はぐったりとしていたが、命に別状はなさそうだった。

 顔を上げると、隊長たちも賊を蹴散らしたところだった。


「イルマさん、大丈夫か?」


「大丈夫に決まってるさ。誰も怪我はない?」


 周りを見回すと隊員が右腕を傷つけられていた。

 応急措置をしてから、隊長はまず賊の討伐を役所に訴えた。

 10分もしないうちに、衛兵が怠そうにやってきて、これまた怠そうに事情聴取を行った。


「ご苦労さん、これ報奨金」


 銀貨6枚をデニス隊長に渡し、賊を引っ立てると、衛兵たちは立ち去っていった。


「あいつらは賊一人につき銀貨5枚、もらえるらしいですよ。ぼろ儲けだよな。」


 副隊長は憤慨する。

 隊長のデニスは、不況のリンベルクで貰えるだけましだと副隊長を優しくなだめる。

 そうして、 みんなにお金を配分する。

 隊長は2枚、副隊長は1枚、イルマは3枚となった。


 これでレオンを少し助けられたとスカーフの奥でイルマは微笑む。

 その後、2時間ほど警邏を続けたが、賊はついに現れなかった。


「よし、じゃあ、今日はここまで」


 酒場に戻ってきたデニスは隊の解散を宣言し、一人一人に報酬の銀貨1枚を手渡した。

 イルマに渡すとき隊長から要望が伝えられる。


「イルマさん、いつでも参加してください」


 イルマも軽く頷き、みんなに挨拶をしてから宿に戻っていった。

 やはり、命のやり取りは疲れる。

 軽くため息をつきながら、宿の近くまで歩く。

 そして、ふと見上げると泊まっている部屋に明かりがついている。

 急いで階段を上り、ドアを開ける。


「おかえり」


 レオンシュタインが目をこすりながら、ねぎらいいの言葉をかけてくる。

 その様子を見て、イルマはぐっと胸が詰まる。

 初めて会ったときの会話を、覚えていてくれたことが何よりも嬉しい。


「主、只今、戻りました。銀貨4枚を稼いできましたよ。褒めてもらっていいですか」


 レオンシュタインは笑顔で、


「イルマさんが無事で良かったです」


 と、ほっとしたような声で答える。

 イルマはそっと前に進み、レオンシュタインに抱きつく。

 びっくりするレオンシュタインに向かって、


「主、私の頭を撫でてもらっていいですか?」


 と、レオンシュタインの腹に頭を乗せたまま話してくる。

 レオンシュタインは、とっさのことに混乱し、思考停止に陥いる。


「久々に命のやり取りをしました」


 それを聞いた瞬間、レオンシュタインは照れながらも、優しく、そしてぎこちなく髪を撫で始める。

 イルマは予想以上に自分が喜んでいることに戸惑いを隠せない。


(私、本当に主が好きなんだな)


 そう考え、顔を上げる。

 目の前にレオンシュタインの顔があった。


「お疲れさま、イルマ」


 にっこりと笑うレオンシュタインにイルマは少しずつ顔を近づけていく。


「えっ」


 かなり近づいた時、


「ねえ、このイチャイチャ劇、いつまで続くのかしら?」


 衝立の向こうからティアナが登場する。


「イルマ。私がいないと随分大胆なことをするのね」


 イルマはイルマで、邪魔が入ったことに苛立ちを隠せない。

 ため息をつきながら口撃する。


「ティアナが寝ててくれれば全てが丸く収まったのに……。 ねえ、主?」


「え? いや」


 ティアナの怒りはレオンシュタインに向けられていく。


「ねえ、レオン。女の子の髪を撫でながら抱き合うって、あなたも随分、女遊びが上手くなったわね」


「いやいや。違うよ」


「違うって言うなら、私にも同じことをしてみなさい!」


「ええっ?」


 さあと言いながら、レオンシュタインのそばに行き、イルマとの間にティアナは強引に割り込んだ。


「ちょ、ちょっと」


 いつものことながら、3 人のドタバタ劇が深夜のリンベルクで繰り広げられたのだった。

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