第48話 警邏隊への参加

 王国歴162年9月19日 18時頃 酒場にて―――


 リンベルクは大きな街だけあって、歓楽街も多く、野盗も多く暗躍している。

 人口も約15万人とシュトラント第2の都市なのだ。

 そのため、警邏隊員を求める求人は引きも切らなかった。

 今日も酒場の掲示板には、警備の募集広告が所狭しと貼られていた。


警邏けいら隊に参加したいんだけど」


 受付のカウンターでイルマが募集状況を確認する。


「今日は20時から2時間の警邏が1つあります。西地区の治安を守る仕事です」


 衛兵だけでは間に合わない治安の悪さが伺える。

 ただ、参加するためには実技試験があるようで、受付嬢は広場にイルマを誘導する。


「隊長、こちらの方が警邏隊に参加したいそうです」


 受付嬢に紹介された隊長は、イルマよりふた回りも大きい男だった。


「ふん、バンベルクも人手が足りなくなったな。こんな女が募集に応じるとは」


 隊長は鼻で笑う。

 イルマはニヤニヤしたまま不敵な態度を崩さない。


「俺は隊長のデニスだ。一応名前を聞いておこう」


 握手を求めもせず、名前を確認してきた。


「私はイルマ。よろしくね」


 顔をスカーフで覆ったまま、片目を瞑る。

 隊長は顎で広場の中央に来るよう促す。


「じゃあ、ここでお前の腕を見る。この木剣を使うが怪我がないようにな」


 明らかにイルマを見下しながら隊長は話す。

 イルマは木剣の強度を確かめつつ、振り回してみる。


「ほう、いっぱしに剣を使えるようだな」


 その問いには答えず、イルマは剣を構える。


「よし、じゃあ、誰か合図を出してくれ」


 隣にいた受付嬢がカウントする。


「3・2・1……始め」


 その瞬間、イルマは電光のように素早く距離を詰めると剣を振るう。

 ブオっという風切り音とともに、隊長の剣の鍔元を強打する。

 その瞬間、剣が空中にくるくると舞い上がる。


「えっ?」


 何があったかわからず、剣が無くなった隊長を、イルマは足さばきですぐに転倒させる。


「勝負あり、かな?」


 倒した隊長の首に木剣を軽く押し当てて、イルマは勝利の確認をする。

 周りで見学している男たちは驚愕して声も出ない。

 隊長は両手を広げ、負けを宣言する。

 イルマは隊長の手を握り、そのまま引っ張り上げる。


「本当にすまん。まさか、ここまでの腕前とは」


 隊長は先ほどまでの態度を詫びた。


「まっ、いつものことさ。で、合格でいいのかな?」


「ぜひ参加して欲しい」


 今度は握手を求めてきたので二人は握手をする。

 その姿を見ていた部下の一人が、声を上げた。


「イルマ……。もしかして、黒い月シュバルツモンの傭兵団。狼口ろうこうのイルマか?」


 イルマは懐かしい呼ばれ方に複雑な気持ちになる。

 そんな世界から離れたことに感謝するしかない。


「久しぶりにその名前を呼ばれたな。ま、今は引退してんだけどね」


 周りの隊員たちがざわめく。


「あいつは」


「まあ、女とは言えないな」


 これまた懐かしいざわめきにイルマは昔を思い出す。

 あの頃は、誰も私を必要としていなかった。

 昔を思い出すと、なぜかレオンシュタインの顔が浮かんでくる。


(主が私を救ってくれた。あの出口のない地獄のような日々から)


 レオンシュタインの気の弱そうな顔を思い浮かべ、独りでに笑顔が込み上げてくる。

 レオンのおかげで、もう狼口に怯えることもなくなった。

 一緒に笑って、一緒に食べて、一緒に眠る。

 腕を組んで黙ったままのイルマだったが、様々なことに思いを馳せていた。


(レオン。私の全てをかけて、あなたを守る)


 そこまで考えたときに、隊長から今日のブリーフィングを伝えられる。


「今日は西地区の巡回を行う。正規兵はいつものように出張って来ない。用心しながら2時間の警邏だ。給金は銀貨1枚。一人を倒すか、捕縛するかで、さらに銀貨1枚追加だ」


「随分安いね」


イルマは思ったことをズケズケと言う。


「まあ、そう言うな。リンベルクは大都市で、それだけ手が回らないんだ」


 隊長は肩をすくめて話す。


「じゃあ、行くぞ。」


 暗い夜道を歩きながら、初めての警邏活動がスタートした。


 三日月がおぼろに出ている夜空が、やけに紅く見える。

 リンベルク大聖堂の上に光る月は、美しいというより、少し怖さを感じさせる。

 その暗い街の中を警邏隊はゆっくりと進んでいく。


「このエリアは歓楽街だ。盗賊も暗躍しているから気をつけるように」


 警邏隊のメンバーは、隊長と副隊長、隊員とイルマの4人で構成されていた。

 イルマはバンベルク全体で警邏隊が何グループあるのか知りたかった。

 それによって、お金を稼ぐチャンスが変わってくる。


「そうだな。だいたい10グループぐらいだろう」


「ふうん。バンベルク全体を40人くらいで? 無謀だねえ」


 稼ぐチャンスは大いにありそうだ。

 デニス隊長は周りに気を配りながら、会話を続ける。


「しょうがないさ。教皇様は蓄財で忙しいんだと。神の使者が聞いて呆れるけどな」


 隊長は遠くまで警戒するが、怪しい人影は見えなかった。

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