第51話 ルカスのジャガイモ畑

 王国歴162年9月22日 9時頃 アドラー亭の前にて―――


 この日は、アドラー亭の前にレオンシュタインと武装したイルマが立っていた。

 それはこういう訳だ。


 この前の飲み会で、レオンシュタインはルカスの畑に行く約束をしていたのだ。

 レオンシュタインは今までジャガイモの収穫をしたことがないため、かなり興奮していた。

 ただ、イルマの護衛をどうするかという問題が発生していた。

 街の中では人の中に紛れ込みやすいが、畑ではどうやっても目立つ。


「主、いっそ夫婦ということにしたらどうだろう?」


 一瞬でティアナに却下される。

 そんなことをするなら今日は魔法院を休む、とまで言われれば諦めるしかない。

 けれども、いくら考えても目立たないのは難しい。


 そこで、護衛という本来の仕事をすることにしたのだ。

 ただ、女性ということもあり、あまり目立つわけにもいかない。

 打ち合わせでは、無口な護衛という役割が設定されていた。


 ルカスが時間通りアドラー亭の前にやってくると、女性のイルマがいるのを見てびっくりする。

 今日のイルマは、スカーフを外し傭兵団のいでたちのため、女戦士という言葉がぴったりだった。

 しかもイルマは宿で打ち合わせたことをすっかり忘れて、親しげに挨拶をする。


「私が護衛のイルマです。よろしくね」


 ウインクをしながら話しかけるが、ルカスはその美しさに当てられてしまい、ごもごもと口ごもるばかりだ。

 けれども、イルマは気にすることなく話しかける。


「じゃあ、早速行きましょう」


 イルマが出発の合図をする。

 レオンシュタインは溜息をついたが、これもありかと半ば諦めてしまう。

 ルカスも別にイルマが来るのを拒みはしなかった。


 3人は連れだって歩きながら街中を抜けると、やがて森林が見え始め、奥には整備された畑が広がっていた。

 ルカスの畑は100m四方と大きくはなかったが、よく手入れされていて美しさを感じる。


「じゃあ、早速、ジャガイモを掘っていきましょう」


「おう」


 3人は早速、土の中に手を入れる。

 すぐに中から握りこぶし大のジャガイモがゴロゴロと出てきた。

 イルマは驚きと感動を含んだ声で、


「えっ? ジャガイモって、こんなにすぐ採れるの?」


 と、ルカスに話しかける。


「地面のすぐ下で成長するからね」


 そう説明しながら、ルカスはどんどん収穫していく。

 レオンシュタインも熱中してジャガイモを掘り起こす。


「収穫、楽しいですね」


「そりゃそうさ。自分が収穫したものを食べるのは最高なんだ」


 3人は夢中になってジャガイモを掘り進めていく。

 そんな中、イルマのお尻がどんとぶつかり、ルカスが畑の前に倒れこむ。


「ごめん、ごめん。私のお尻が大きかったかな」


 ルカスは真っ赤になりながら、


「い、いえ、そんなこと」


「そ? じゃあ、良かった」


 ルカスはズボンの土を払いながら、すぐに芋掘りを続行する。

 30分ほどで3つの麻袋がパンパンになるくらい収穫できた。

 ルカスは自分が食べたいジャガイモを選んでくるように二人に話す。


 二人は形が大きく丸いジャガイモを5つ選んで、ルカスのところに持っていく。

 ルカスはその芋を丁寧に水で洗い、蒸し器の中に入れる。

 外に置かれたテーブルの上を拭き、皿を三人分並べる。


「ルカスさん、この塩はどうすんの?」


「ああ、それも使うよ。ここに置いて」


「おけ」


 ルカスとイルマは普通に会話をするくらい打ち解けていた。

 というよりイルマはいつも通りだった。

 年上だろうと年下だろうと、誰とでもすぐに親しくなれるし、差別もしない。

 それも一種の才能だろう。


 ジャガイモが蒸しあがり、早速いくつかをテーブルに乗せる。

 皮が薄くて破れているところから、新鮮な黄金色がのぞいている。

 イルマがジャガイモを半分に割ると、中から熱い湯気が出てきて、美味しそうなこと甚だしい。

 イルマは無言でそれを口に入れる。


「めちゃくちゃ美味しい!」


 ルカスは嬉しそうに頷き、塩やバターも使うように促す。

 もっと美味しくなるというのだ。


 イルマは早速試してみると、今までに食べたことがないくらい美味しい。

 ジャガイモを見直したとルカスに話しかける。

 ルカスは何よりの言葉だと、とても喜んでいた。


 そうして3人は新鮮なジャガイモを腹一杯食べたのだった。

 しばらく椅子で休んだ後、食器の片付けに入る。

 イルマは皿を洗いに、裏の井戸に走っていった。


「綺麗な人だな。イルマさんは」


 走っていくイルマを見ながら、ルカスが話す。


「そうですね。もの凄い美人さんです」


 するとルカスは、そういう意味じゃないと頭を振る。

 手は休まずにテーブルの上を片付けている。


「イルマさんは心が綺麗な気がするなあ。あの人は、出合った時からずっと笑顔なんだ。自分は年上なのにオドオドしていたけど、それ、全然気にしないで、ずっと普通に接してくれてたな」


 レオンシュタインは、その気持ちがよく分かる気がした。

 誰に対しても、同じ態度というのは意外に難しい。

 まして、初対面なのだ。


「だから、今日、ずっと気楽だった。女の人の前でこんなに普通に振る舞えたのって久しぶりだ。自分は作物と向き合うことが多いから。本当に嬉しかったよ」


 そこにイルマが割り込んで来る。


「いや、自分も嬉しかったね。だってさ、あんなに美味しいもの食べたの、初めてかもしんないからね。それくらいのジャガイモだったよ! ありかとう、ルカスさん」


 イルマは屈託のない笑顔で手を差し伸べる。

 ルカスは手を手ぬぐいで拭き、しっかりと握手をする。


「へへっ。働き者の手っていいね」


 イルマの笑顔にルカスは顔を赤らめる。


「じゃあ、帰ろうか。主」


 ルカスからジャガイモをたくさんもらい、宿への道を一緒に歩く。

 ルカスはイルマに作物のことを一生懸命説明して歩く。

 イルマはそれを飽きもせずに、ふんふんと聞いている。

 実際、ルカスの話は面白く、農業への愛を感じさせた。


 ついにアドラー亭の前に着き、お開きとなった。

 ルカスはレオンシュタインにお礼を言わずにはいられなかった。


「今日はありがとうな、レオン。レオンが来てくれて嬉しかった。それに、イルマさんが来てくれて同じくらい嬉しかった」


 二人でがっしりと握手をし、最後の挨拶をする。


「喪!」


「喪!」


 いつもよりもビシッと親指を立てられた気がする。


「じゃあ、またなレオン。イルマさん、ありがとう」


 そういうとルカスは去って行った。


「素敵な人ですね」


 イルマがレオンシュタインの横で笑顔で話す。


「イルマさんも、あんな優しい人が伴侶だと幸せだよ」


 何気なく話した一言に反応し、イルマはレオンシュタインの腕をつねる。


「痛!」


「主、今の言葉はひどい。私を嫌いになったの?」


 イルマの悲しそうな表情にレオンシュタインは慌てて否定する。


「私は傷つきました」


 レオンシュタインがオロオロしていると、


「主、ぎゅっとしてくれないと、私の悲しみは消えそうもない」


 無理難題を押し付けてきたけれど、イルマを悲しませてしまった一言はきちんとあやまりたい。

 レオンシュタインはイルマにそっと近づくと、


「ごめん。イルマのことは嫌いじゃないよ」


「じゃあ、好きなんですか?」


 なんでこんな話になっているのか。


(められた!)


 とレオンシュタインは思ったが、もうイルマとの距離はほとんどない。


「さあ」


 イルマがハグを催促した瞬間、


「こんな往来で何をしていらっしゃるのかしら」


「ティア!」


 助かったと思ったレオンシュタインだが、ティアナはいつもの仁王立ちでこちらを睨んでいた。


「主、仲直りのハグがまだですよ」


 とイルマが抱きついてくる。


「やっぱり二人で行かせたのが間違いでした」


 ふうとため息をつくとニコリと口元に笑顔を見せる。

 今日は大丈夫かとレオンシュタインが思った瞬間、お約束の雷が二人に落ちてくるのだった。

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