第52話 お客さん、こういうお店は初めて?◎

 王国歴162年9月25日 20時頃 アドラー亭にて―――


 レオンシュタインは今日も喪男同盟の飲み会に行き、楽しく飲んでいた。

 特に仲良くなったオイゲンが、レオンシュタインを近くから離さない。

 何でも水道を造っているということで、先週はその話をずっと聞いていたレオンシュタインだった。

 オイゲンはレオンシュタインをとても気に入ったらしく、それ以降、一緒に飲むことが増えていた。


「レオンちゃん、明日は大人の楽しみってやつを体験しに行こう」


 ケスナーはレオンシュタインと肩を組み、ひそひそ声で語りかける。


「えっ? 大人の楽しみ?」


 レオンシュタインがそろそろ旅立つことを聞いたケスナーとオイゲンが企画してくれたのだ。


「まあ、期待しててくれ」


 そう言って、喪男同盟はお開きとなった。

 レオンシュタインはイルマが聞いていたか気になったが、どうやら聞こえていなかったようだ。

 宿に着き、部屋に入ってからレオンシュタインは冷静を装って、ティアナに話しかける。


「実は明日はケスナーさんと一緒に出かけることになったんだけど」


「あら、どこに行くんですか?」


「バンベルクの面白いところを紹介するって言ってたけど、どこかは教えてくれなかったなあ」


 ティアナは別に不審には思っていないようだ。


「う~ん。じゃあイルマが付いて行くのね」


 レオンシュタインは慌てて手を振る。


「いやいや、護衛はケスナーさんがしてくれると思う。弓の名人らしいから」


「分かった。じゃあ、気をつけてね」


 冷静を装い、うまくいったことを喜ぶレオンシュタイン。

 けれども、イルマはその瞳の奥で何かを考え込んでいるのだった。


 §


「レオンちゃん、遅いよ」


 翌日、アドラー亭の前に、喪男同盟のメンバーが勢ぞろいしている。

 もちろん、目当ては女の子のお店だ。


「みなさん、今日はレオンちゃんのデビューの日です。みんなでクールな飲み方を教えてあげましょう」


「うい~す」


 メンバーは旧市街の奥へと、どんどん歩いて行く。

 繁華街を過ぎ、やがて行きつけのお店の前にたどり着いた。


「さあここだ。綺麗なお姉さんがいっぱいだぞ」


「フォー!」


「ローレちゃんは俺のもの!!」


 階段を下り、全員で薄暗い店内に入っていく。

 どぎつい香水の匂いはせず、むしろジャスミンの淡い香りが漂っている。


「いらっしゃ~い」


 身体を薄い布で覆ったお姉さんが、出迎えてくれる。

 店内は薄暗いため、はっきりとは見えないが、もし明るいところだったら、いろいろ見えてしまうだろう。


「今日は初めてのお客さんを連れてきたぞう。レオンちゃんだ」


「わあ、かわいい」


「お姉さんがサービスしてあげる」


 レオンシュタインもまんざらではない。

 両脇を可愛いお姉さんに囲まれながら、飲み会が始まった。


「じゃあ、レオンちゃんのデビューに!」


乾杯プロースト!!!」


 みんながジョッキを高く上げる。

 レオンシュタインは横にいた女の子と遠慮がちにジョッキをぶつける。


「ねえ、レオンちゃんは何才?」


「18歳です」


「あらあ、若~い。こんなお店に来ていけないんだあ」


 お姉さんにほっぺたをつつかれ、何だか嬉しい。

 近くに座っているケスナーとオイゲンは、いかにも常連といった顔でアドバイスをしてくる。

 オイゲンはケスナーと親しく、1週間前に出張から帰ってきたばかりだ。


「レオンちゃん。ここは俺たちがよく使う場所だから安心だよ」


 何が安心なのかオイゲンに聞きたかったが、緊張したレオンシュタインは何も言えなかった。

 そこに顔役の女の人がやってきて、新人の女の子が入ったことを教えてくれる。

 とっても可愛いい子だと、可愛いを強調してくる。

 いつものことなので話半分に聞いておくのが、ここのマナーだ。

 ケスナーが会話に応じる。


「若い子か、それは珍しいね」


「ついさっき入ったばかりなんです」


 そう言って、横に立っている新人を紹介する。

 ベールをかぶっているので顔はよく分からないが、均整のとれた肢体と大きな胸がとても目を惹く。

 薄いベールからのぞく口元も悩ましい。

 ケスナーはその美しさに圧倒されてしまった。


「へえ。確かに……これはすごい新人さんだね」


「でね、ケスナーさん。この子がね、あなたたちと話してみたいんだって」


 新人の女の子はケスナーとオイゲンの間に座ったけれども、あまり会話は弾まなかった。

 二人は今日が初めてだからそうなんだろうと、気にもせずに別の女の子たちと話し込んでいた。


 レオンシュタインは誰とも会話をすることがなくなったので、酒ばかりを飲んでいた。

 美味しいお酒だったけれど、度数もきついお酒のようだった。


「あんまり飲まない方がいいよ。お客さん、初めて?」


 気を遣ってか、側に立っていた女の人が話しかけてくる。

 さっぱりとした顔立ちで、レオンシュタインよりは年上のように見える。

 でも、その優しそうな声にレオンシュタインはほっとする。


「ええ、友だちに連れてこられて」


 すると、その女の人は小さくふふっと笑い、


「本当は一番興味があるんじゃなくて?」


 と、いたずらそうな目を向けてくる。

 レオンシュタインは照れ笑いをするが、嫌な感じはしなかった。


「私、ローレって言うの。あなたは?」


「ぼくはレオンシュタインって言います」


 すると、ローレはまた小さく笑う。


「とっても丁寧な挨拶ね。こんな場所にはふさわしくないわ」


 レオンシュタインはふわっとした雰囲気に包まれる。

 本当になんとも形容しがたい、むずがゆいような、嬉しいような感じだった。

 その時、急にレオンシュタインとローレの間に新人さんが割り込んでくる。

 レオンシュタインの隣にどんと座り、この人と飲みたいとローレに話す。


 ローレは少しむっとしながらも、どうぞ、というふうに右手をあげる。

 すると、新人さんは顔のベールを取り、レオンシュタインをじっと見つめる。

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