第53話 やっぱり、ダメ!

 王国歴162年9月26日 22時頃 ローレのお店にて――― 


「今日、入ったばかりのイルマで~す。よろしくう」


「えええ!? イ……イル……」


 イルマは黙ってて、とばかりにレオンシュタインの足を踏む。


「レオンさん。じゃあ、乾杯プロースト!」


 レオンシュタインは気が気ではなかった。

 露出が高いイルマがすぐ側にいて、やたらと身体をつけてくるからだ。

 分かっていることなのだが、イルマは胸が大きい。

 どうしても目がいってしまう。


「お客さん、私の胸ばっかり見てますね」


 ニヤニヤしながら、さらに密着してくる。


「いいんですよう。さわっても」


 旅の仲間にそんなことはできない。

 そのため、今日は仲間ではない人たちと、たくさんふれ合っておきたかったのにとレオンシュタインは思う。

 女の人に対するトラウマを乗り越えたいのだ。


 あわよくば、ちょっとだけとイケナイこともしてみたいと思っていたレオンシュタインだったが、上手くいきそうもない。


 ローレさんも、さりげなく向こうに行ってしまった。

 気を遣わずに話せそうな人だったのに、残念だとレオンシュタインは思う。

 イルマはレオンシュタインの視線に気付き、ねたような声を出す。


「あらあ、お客さん。あっちの子が好みなんですかあ」


「い、いえ」


「ふふ、お客さん、可愛い。私、好きになっちゃいそう」


 そう言いながら頭をレオンシュタインの肩に乗せてくる。

 飲んだお酒がレオンシュタインの冷静な判断力を狂わせていた。

 どうしてこうなったという疑問が頭の中でぐるぐると巡る。


 そのたびに落ち着こうと、クピクピと酒をあおる。

 あまりに飲むペースが早いので、イルマは心配になり、落ち着かせるために部屋の隅にある長椅子のところに連れて行く。


 レオンシュタインはかなり足取りが乱れ、ようやく長椅子に腰を掛ける。

 顔はかなり赤くなっていた。


「主……。大丈夫?」


 心配したイルマが水を持ってくる。

 それはいらないとレオンシュタインは手で示すと、いきなりイルマに抱きついてきた。


「ええ? 主!」


 びっくりしたイルマは冷静になろうと、大きく深呼吸をする。

 そして、平然とした声で、


「何ですか? お客さん。このお店はお触り禁止ですよ」


 さりげなく手を振り解こうとするが、抱きついたまま離れない。

 自分で触らせようとしていたことは、都合良く忘れているイルマだった。

 すると、レオンシュタインの抱きついた手が腰の辺りに降りてくる。


「ひゃん!」


 可愛らしい声を出して、イルマは真っ赤になる。

 でも、冷静に冷静にと自分に言い聞かる。


「お客さん、お水を飲みましょ」


 その瞬間、長椅子の上に二人は倒れ込む。

 レオンシュタインの顔がイルマの胸に乗せられる。

 思ってもいない展開に、イルマの心臓が早鐘のように動く。


「主! ダメ! こんなところで」


 小さな声で拒絶の意を示すが、レオンの手はさらに下に降りてくる。

 イルマはお酒を飲んでいないのに、顔が真っ赤になっている。


「私、こんなの初めてで……。でも主がしたいなら……」


 イルマは混乱して、自分でも何を話しているのか分からない。

 でも、覚悟を決めたようにレオンシュタインを見つめる。


「私、嫌じゃないよ。うん。でも……私にもね、気持ちの準備が必要だし……」


 レオンシュタインの顔が自分の近くに寄ってきて、さらにきつく抱きしめてくる。

 イルマは自分の顔を両手で覆う。


「や、優しく……って、やっぱりダメ!!!!」


 レオンシュタインはイルマの耳元に顔を近づけ、


「み、水を……お願いします」


 そう言うと、ばったりと倒れ込んでしまった。

 イルマはこの状況に呆然としてしまうが、急に羞恥心と苛立ちで、レオンシュタインの頭をゴチゴチと叩いてしまった。


「水……痛……」


 イルマはようやく自分を落ち着かせると、


「馬鹿……」


 とつぶやく。

 酔いつぶれてしまったレオンシュタインを心配したケスナーたちは、肩を貸して連れ出そうとする。

 そこにローレさんが割って入り、身内が迎えに来ていることを伝達する。


「ごめんな、レオンちゃん。俺たちが離れちゃって」


 ケスナーやオイゲンが代表して謝り、その日は解散することになった。


 結局、その後は酔いつぶれたレオンシュタインをイルマが背負って、宿まで帰っていくことになった。

 宿に着くと、顔色の悪いレオンシュタインをティアナが心配して、夜を徹して世話をし続けていた。


 一方イルマは早々にベッドに入ったのだが、あのときの恥ずかしさが残っていたため、なかなか寝付けないまま朝を迎えたのだった。

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