第45話 何を言い出すの? この人は……

 王国歴162年9月18日 15時頃 魔法院の中庭にて―――


 マーニは苦笑いをしながら、ティアナをねぎらった。

 ティアナは、けろっとした様子で笑顔になる。

 マーニはティアナをベンチにいざなうと、魔法院の組織が旧態依然であるために、改革が進まず様々な問題が出てきていると話す。


「一番の問題はお金のぼったくり。解呪にかかるお金が銀貨20枚(約20万円)。解呪した術者には大銅貨1枚(約1000円)。結局、魔術院には銀貨19枚、大銅貨9枚が残るのさ」


 ティアナはうすうす気がついていたが、あまりの儲けぶりに溜息をつく。

 マーニは苦り切った顔で肩をすくめ、改革を訴えかけたが何も変わらなかったことも教えてくれた。


「ユーフォリアがティアナちゃんの受け入れを拒んだのも、ぼったくりがばれると思ったんだろうねえ」


 裏側が分かると何とも言えない気分になる。

 美しい大都市リンベルクも様々な矛盾を抱えていることに気付く。

 信仰を利用した巨大な利権システムは、何世代にもわたって続いてきたのだろう。


「お金がかかることは別にいいんだよ。それで多くの人たちが救われるならね。でも、実際は貧しい者にはお金が回らずに、一部の人に集まっちゃうんだよねえ」


 そんな組織に嫌気がさして魔術院から足が遠のき、林檎売りをしていたらしい。

 マーニは立ち上がると、思い切り背伸びをして西洋サンザシの木を見上げる。

 赤い小さな実が鈴なりになっていて、熟した実が地面に赤い模様を作っていた。


「どうやら潮時だね。魔法院を止める踏ん切りがついたよ」


 ティアナは何も言えず、ただ黙ってマーニの言うことを聞いていた。

 マーニは晴れ晴れとした顔になる。


「辞めることを決めたらすっきりしたねえ。じゃあ、最後にティアナちゃんに1つ魔法を教えておこうかね」


「魔法?」


「うん。だって、解呪を教えるとか言って銀貨25枚(約25万円)もふんだくられたんだろう。サービスもしなくちゃ」


 マーニは、にやりと笑うと呪文を唱える。

 中庭に雷雲が出現し、何本もの雷柱が出現する。

 白銀の稲妻が眩しく、雷鳴で耳が痛いくらいだ。


雷の嵐ゲヴィッター!」


 先ほどのティアナが唱えたドナーと比べると、より広範囲に雷を落とす魔法で、その威力は計り知れない。

 中庭の石畳の上にズシンドシンと雷が落ち、地面の振動を感じる。

 落雷の音が収まり、ようやく青空が中庭の上に広がった。


 マーニはその術式についてティアナに教え、ティアナも早速練習をしてみた。

 けれども、中庭は平和なままで雷一本、落ちなかった。


 マーニは気長に練習することを進める。


「あと、1週間もあればできるようになるよ。気楽に、気楽に」


 そう言うとマーニは建物の中に入っていった。

 そのあと、何度か呪文を唱えてみたけれども、やはり雷は1つも出現しなかった。


(ま、いいか。のんびりで)


 ティアナは背伸びをすると、ゆっくりと治療の部屋に戻り、解呪をかけ続けた。

 その日の業務が終了し、いつものように仕事の代金を貰いに行く。


「はい、今日は8人ですね。銀貨4枚になります」


 いつもなら大銅貨8枚のところが、5倍の支払いになっている。

 理由を尋ねてみると、マーニが掛け合ってくれたとのことだった。


(おばあさん、ありがとう)


 感謝を伝えようとしたが、マーニ副院長は出張中とのこと。

 お礼はまた会ったときに伝えようと、ティアナは魔法院を出る。


 帰りに市場で売っているものを歩きながら見ていると、クーの焼き肉の匂いにひかれてしまう。

 今日はおばあさんのおかげで、臨時収入もできた。

 焼き肉を6本購入し、笑顔で宿に帰っていった。


 部屋に入ると、イルマが少し困ったような顔でレオンシュタインと話をしていた。


「おかえり、ティア」


 レオンシュタインはいつもの笑顔でほっとしたが、イルマは浮かない顔のまま、腕を組んでいる。

 すぐにレオンシュタインがティアナに問いかけてきた。


「ティア、ぼくたちの全財産は、どれくらいかな」


「えっ? 全財産? 何で?」


 ティアナはびっくりしてレオンシュタインに聞き直す。

 嫌な予感がする。

 焼き肉を机の上に置くと、みんなでお金がいくらあるのか確かめることにした。

 

 テーブルの上にザラザラ、ジャラジャラとお金を出す。

 銀貨と銅貨だけがそこに光っていた。

 手分けをして数えると、全部で銀貨が120枚、大銅貨が15枚だった。

 レオンシュタインは一人で何かを考え込んでいたが、ぽつりと感想をつぶやく。


「足りないな」


「あんた、まさか…」


「うん、銀貨100枚(約100万円)を寄付しようと思う」


「ちょっと待って! レオン、冷静になって」


 ティアナはびっくりして、レオンシュタインの説得を試みる。


「あのね、私たちだってお金があるってわけじゃないよ。最初にあった銀貨は、半分以下に減ってるのよ」


「うん」


「旅に出てから2週間しかたってないんですよ。いったい、何にそんなお金を使おうと言うんですか?」


 すると、レオンは今日、アドラー亭であったことを話し始めた。

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