第46話 ディーヴァとの出会い

 王国歴162年9月18日 17時頃 アドラー亭にて―――


 店に着くと、すでに、ケスナーともう一人がテーブルに座っている。

 机の上には、ビールのジョッキが2つと


「レオンちゃん。こいつはディーヴァって言うんだ。盲目の建築家さ。今は呑んだくれだけどな」


 がっしりした身体つきで、オレンジ色の髪をもつ50歳くらいの男を紹介される。

 目は2つの傷によって、両方とも見えないようだった。


「呑んだくれは余計だよ」


「今日はこいつの話を聞いてくれ」


 ディーヴァは面倒くさいと手を振って断る。

 でも、ケスナーが粘り強く促したため、ポツポツと自分のことを語り出した。

 少し前まで建築家をしていたこと、事故のために両目が見えなくなってしまったことをゆっくりと話す。


 そこまで話すのにディーヴァはビールを2杯、胃に流し込んでいた。

 その運命に翻弄される話をレオンシュタインはじっと聞いていた。

 話が途切れたところで、ケスナーが話す。


「目が見えるようになるためには小金貨2枚(銀貨200枚=約200万円)が必要だ。同盟でも募金を募ってるけど、今のところ、貯まったのは銀貨が20枚くらいかな」


 ディーヴァを助けるために喪男同盟が活動しているのは嬉しいが、小金貨2枚は、なかなかに遠い道のりだ。

 ディーヴァは照れ隠しなのか、それとも諦めているのか、荒い口調で話してくる。


「誰も金なんか持ってねえよ。だからこそ、喪男なんだろう」


「口が悪いな」


「ふん」


 そう言うと、ビールをぐっと一息飲む。

 そして、傍らにある大きな巻き紙を大事そうに触る。


「ケスナー。お前は夢を語れって言うけどな。俺はな、この図面に街や公園を造るのが夢だった。もう造ることはできねえが……。それでも話すことはできる」


 ケスナーに頼み、テーブルの上に図面を広げてもらう。

 今までの概念を塗り替えてしまうような、独特の形状の建物がそこには広がっていた。

 曲線が多く、爽やかな配色をもつ建物が連なっている。

 地上の楽園のような高揚感がその絵図面にはあった。


「これを作るには、べらぼうにお金がかかるんだ。でもな、頑丈で明るい室内と収納が多くとれる家なんだ」


 ディーヴァの口調に少しずつ熱が帯びてくる。


「で、この下にある池が見えるか? 今までとは違った噴水施設があるんだ。水が追いかけるように順々に出る仕掛けなんだ。ま、仕組みはまだ考えつかねえけど」


 レオンシュタインは身を乗り出して、話を聞き入っている。

 相槌を入れながら聞くレオンシュタインに気を良くしたのか、ディーヴァは饒舌じょうぜつになる。


「休日にはこの公園で子供たちが遊ぶんだ。ここは動物広場だ。不思議な動物たちでいっぱいだよ。大人だって楽しいんだ。柔らかな緑と湖面をこのボートで遊びながら眺めるんだ。寝ながらだって景色を楽しめるぜ」


 喋る時のディーヴァの顔は輝き、見えなくなった目が今にも開かんばかりだった。

 けれども、目はどうやっても開きはしない。

 少しずつディーヴァの口調が暗くなる。


「これが夢だった。今は、ただの法螺話にすぎねえ」


 今度はさっきよりも多くのビールをあおる。

 ラオホビールの燻製の香りがいつもよりもずっと苦く、鼻を通り抜けていく。 

 すぐにジョッキが空になった。


「酒、追加だ! 酒が足りねえ」


 大きな声で店員を呼ぶ。

 少し眉をひそめながらも、店員はお代わりを持ってきた。


「ようし。か、乾杯だ。俺の酒が飲めねえ、のか?」


 だいぶ呂律ろれつが回らなくなり、ディーヴァはついに突っ伏してしまう。

 軽いいびきがレオンシュタインたちのテーブルに響く。


「こいつは、腕のいい建築家だった。本当に」


 ケスナーは上着をディーヴァに被せながら話す。


「でも、1年前の事故で一番大事な目を両方やられちまった。酒に溺れて、女房とも別れ、一人暮らしになっちまった。目が見えないと暮らしていけない。だから、今は俺ん家に居候ってわけさ」


 そう言うとケスナーは、ぐっとビールをあおる。


「こいつの図面、見ただろ。こいつは天才だ。今までにない価値を世の中に生み出せる男なんだ。でも、目を治すためにはお金が足りない。小金貨2枚なんて、おいそれと貯められる額じゃない。俺が稼ぐためには、十年くらい鳥を取り続けなきゃ無理なくらいだ」


 ケスナーはジョッキを固く握りしめる。

 いつもの陽気なケスナーとは違った一面が目の前に現れる。


「喪男同盟の奴らは、金なんてないんだよ。金もなく、嫁もなく、ないない尽くしの連中だ。好きなことばっかりやってるからな」


 ケスナーは自嘲じちょう気味に薄く笑う。


「すまんな、レオンちゃん。今日は嫌な思いをしたんじゃないか?」


 レオンシュタインはとんでもないという風に手を振ってそれを否定する。

 自分がすごく感動したこと、素晴らしい才能を持った人と出会えたことに心から感謝していることをケスナーに伝えた。


「ケスナーさんの目は確かです。ディーヴァさんは天才です。そんな方と知り合いになれるなんて、本当に嬉しいです」


 ディーヴァは肩をビクッと震わせ、テーブルの上にぽつぽつと涙を落とす。

 この出会って間もない若者が、俺を認め、ただの酔っ払いと扱わず、天才だと尊敬している。


 目が見えなくなってからの1年間、ケスナーを除いて、ここまでディーヴァを信じる人はいなかった。

 ディーヴァの嗚咽おえつがだんだん大きくなる。

 レオンシュタインとケスナーは顔を見合わせると、納得したようにうなずき合う。


「じゃあ、レオンちゃん。俺たち、今日は帰るわ。また、来週会おうぜ」


「分かりました」


 そして、別れ際に互いに合図を交わす。


「じゃあ、喪!」


「喪!」


 親指をぐっと立てる。


「じゃあ、おやすみ。レオンちゃん」


「おやすみなさい。ケスナーさん、ディーヴァさん」


 ディーヴァは、手を上にだるそうにあげる。

 二人が去った後、そっとイルマが寄ってきた。


あるじ、世の中にはいろんな人がいるね」


 レオンシュタインは、ずっと二人の後を目で追いながら、イルマに確認する。


「ねえ、イルマ。今、僕たちの全財産はいくらかな?」


 イルマは突然の問いにうまく答えられない。


「じゃあ、宿に帰ろうか」


 イルマとレオンシュタインは、何も話さずに宿へと帰っていった。

 その間、レオンシュタインはずっと何かを考え続けていた。

 イルマはその様子を心配そうに見つめていたのだった。

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