第43話 ガマって……せめてカエルにしてよ

 王国歴162年9月14日 7時頃 宿屋にて―――


 魔法習得と魔力上昇のために魔法院に通い詰めているティアナの一日は忙しい。

 午前8時から座学、実践で午前が終わり、午後は治療実習で午後4時となる。

 魔法習得がこんなに大変とは思わず、宿に帰るとぐっすり眠るのが日課になった。


「お疲れ様、ティア。無理するなよ」


「無理はしてないよ」


 リンベルクで良かったことの一つに、仮面を被っていても気にしない人が増えたことがある。

 少なくとも石を投げたり、捕まえようとする人はいなくなった。


 リンベルクに来てから、あっという間に3日が過ぎる。


 今日もティアナは朝ご飯を食べ、すぐに魔法院へ走っていった。

 あっという間に午前のルーティンが終わり、すぐ午後になる。

 午後は診療実習という名の治療行為が行われるのだ。


 ティアナは割り当てられた5番診療部屋に入り、窓を開け、診察台の掃除をする。

 観葉植物に水をやり、その緑を楽しむと、今日の患者リストに目を通す。

 ティアナが不思議なのは、この世の中に魔法で仮面をつけている人が結構いるという事実だった。


「一番の方どうぞ~」


 顔に赤い仮面をつけた30台の女性が入ってくる。

 どうして、こんなことをしたのか疑問に思いながらも、患者さんに解呪の魔法をかける。

 手から緑色の光が溢れ、患者さんの顔を包む。

 ゆっくりと光が消えると、患者さんの仮面が取れている。


 完全に取れなかった場合は、より高位の魔法使いを紹介することになっている。

 ティアナは上から5番目くらいの魔力のため、それなりに多くの患者を割り当てられていた。


(ま、お金も稼げるし)


 そう思いながら、治療を終える。


「さあ、取れましたよ。気分はいかがですか?」


 患者さんが診察台から起き上がり、鏡を見る瞬間がティアナは一番好きだ。

 いつも仮面だと気が滅入ることは実感で分かる。

 今日の患者さんも微笑みながら、丁寧にお礼を言ってくれた。


「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」


 ティアナは5人目の患者を送り出し、少しの休憩に入った。

 共有スペースに行き、林檎ジュースを口に含み、一息つく。


「あらあ、ガマ女が休んでる。ついてないわ」


 魔法院で解呪担当のユーフォリアが入ってきた。

 整った顔立ちをしているが、目つきが鋭く、意地悪そうな口が性格を表している。

 ティアナが短期間の訓練を願い出た時、前例がないと散々ごねたのがユーフォリアだった。


 なぜ、自分がガマと呼ばれるのか疑問に思ったが、林檎ジュースが思った以上に新鮮で、そちらに気を奪われる。

 あまりに美味なので、レオンシュタインに買っていくことに決めた。

 ユーフォリアは自分に全く興味をもたないティアナを見て苛立つ。


「ガマ女さん。口がないの? 話をしてよ」


 バカにしているのに会話をせよとは……、気にせずティアナはジュースを楽しんでいる。

 それを見て、取り巻きの女子職員がユーフォリアの味方をし始めた。

 失礼だ、とか、せっかく話しかけているのに、とか面倒くさいこと甚だしい。

 せっかくの休息時間が潰れるのは惜しい。


「あの、何か?」


 ティアナが返答すると、ユーフォリアは待っていたかのように、突っかかってきた。


「ようやく口を開いたわね、ガマ女」


 侮蔑の目をティアナに向ける。

 ティアナが用を話すように促すと、


「何であなたは仮面を被ってるの? 解呪ができるんでしょ?」


「ええ」


「だからよ。きっと、見られたくない顔が仮面の後ろに隠れているんじゃないかって噂よ」


 どうでもいいことだった。

 ティアナは交流することを諦め、外の景色を眺めることにする。

 歴史ある魔法院の中庭には、大きな西洋サンザシメイフラワーの木が立っている。

 たくさんの小さな赤い実がぶら下がっており、緑の葉と重なる様子が、とても綺麗だった。


「何よ、また無視?」


 取り巻きの二人が近寄ってティアナの手を掴もうとした瞬間、手に痺れを感じ、触ることができなかった。

 二人とも何が起こったのか分からず、ぼうっと顔を見合わせている。

 その顔が可笑しくて、ティアナはクスクスと笑う。


「私のことは何と言ってもいいけど、友達でもないのに触ろうとしないでね」


 明るい口調でティアナが呟く。

 そしてすっと立ち、自分の治療スペースに戻っていく。

 残された3人は邪悪な顔立ちでティアナを見つめたままだ。


 古い歴史ある魔法院に、淀んだ人間たちが存在するのは宿命かもしれない。

 特権を享受してきた彼女らが、居丈高になるのも必然だった。


(じゃあ、今日も稼ぐわよ)


 ティアナは気を取り直すように右手をぐるぐると回す。

 そうして、いつも以上に患者に優しく接するティアナだった。

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