第42話 素晴らしい才能

 王国歴162年9月14日 19時頃 アドラー亭にて―――


 すぐに近くの赤毛の男が話し始める。


「レオンさん、ようこそ。私はハラルドっていいます。30歳です。自分は背が小さくて赤毛なんで、ずっとからかわれてます。でも、気にしてないです。ぼくには、これがあるから!」


 そういって、横においてあった30cmくらいの木箱を机にゴトンと置く。


「時計です」


 こんなに小さなものが? とレオンシュタインは目を見張る。  

 ハラルドがそっと蓋を開けると、灰色の紙に二重に包まれた握り拳くらいの大きさの時計が現れる。

 銀色で丸い枠の中に青い針が2つ、薄いベージュ色の陶板の上に光っていた。

 目を近づけて見ると針が動いており、耳を近づけるとチチチチと音がしていた。


「自分はこの音が好きなんですよ」


 ハラルドはニコニコしながら、時計を手のひらにそっと載せる。

 そのあまりの素晴らしさに、レオンシュタインは感極まった声になる。


「すごいです! ハラルドさんは時計作りの天才なんですか?」


 レオンシュタインは、このような精密な機械を作れる人を見たことがなかった。

 大きな時計が少しずつ広がりを見せる中、あまりにも異色だった。

 ハラルドは、そんな大げさなと手を振りながら、右手の中の時計について詳しく説明を始める。


「そんなに言われると逆に恥ずかしいです。でも、分かってもらえてうれしいです。分かりますか? この機械の美しさが」


 うっとりと横から時計を眺めるハラルドを見ながら、レオンシュタインもその造形の素晴らしさに目を奪われる。

 小さな時計の中に、小さな世界が広がっているようだ。


「ハラルドは街の誇りだ。女の奴ら、見る目が無いぜ」


「そうだそうだ。いつかは大金持ちだぜ!」


「いや、金目当ての女なんかダメだ。ハラルドさんには、そっと支えてくれるエーデルワイスみたいな女の子がお似合いだ」


 みんなハラルドの技術を心から認めている。

 この時計フリークの男が大好きなのだ。

 それに、お世辞抜きでこの技術は凄すぎた。

 王侯貴族に召し抱えられるかもしれませんねと問いかけると、ハラルドは、


「あ~。俺、そんなものに興味ないんで。この時計がみんなの懐にあったら嬉しいってだけですよ。自分の大切な仲間の役に立てれば、これほど嬉しいことはありません。今は何時だから水をまきに行こうとか、使えると思うんです」


 その瞬間、手の上の時計からガラスが落ち、中からバネが飛び出す。


「ま、まあ、今は試行錯誤の最中です」


 拍手をもらったハラルドの次は、がっしりした体格とほおにあばたが目立つ、30歳くらいの銀髪の男が登場する。


「私はアルベルトです。33歳です。私はこのあばたのおかげで、女の人がみんな、逃げ回ってしまいます。そんな、私の特技は」


 目の前に手をかざし、何も無いことをアピールすると、


「これです」


 いきなり手に銅貨が現れ、レオンシュタインは目を擦る。

 その次の瞬間、銅貨が銀貨に変わる。


「すごい! すごい!」


 周りにいる男たちは『どうよ』と言わんばかりの顔だ。

 レオンシュタインは、その素晴らしい技に感嘆するばかりだった。


「じゃあ、これを手の甲に乗せて」


 左手の甲に銀貨を乗せて、右手で隠す。

 そして、右手で軽く叩くと、チャリンと音がした。


「えっ? 通り抜けた?」


 そして下に現れたのは、大銅貨だった。


「素晴らしいです! アルベルトさん! これは魔法ですか?」


 その瞬間、アルベルトの顔が険しくなる。


「これは魔法でも奇跡でもありません。人間が考え出した芸術とでも言っておきましょうか。これは人間の技なんですよ」


 レオンシュタインは素直に頷き、その素晴らしさをもう一度褒め称える。

 アルベルトは恐縮しながら自分の思いを話す。


「興奮してすみません。ただ、私と同じようなことをして人を騙している人もいるものですから、つい」


 レオンシュタインは全く気にしていないことを話し、アルベルトも笑顔でそれに応じた。


 絵描きのクンツ、ジャガイモを育てているルカス、木彫りの人形づくりのオットーそして、弓の名人ケスナーなど、みんな一癖も二癖もありそうな人物ばかりが集結していた。

 みんな素晴らしい才能の持ち主だった。


「こんなに素晴らしい人たちを、わかってな~い! この街の女は」


 ケスナーが酔っ払いながら嘆く。

 その気持ちはレオンシュタインにはよく分かった。

 けれども、メンバーはそれ以上、不満も言わず、今、自分のやっていることを皆に一生懸命伝えるのだった。


 レオンシュタインはそんな男たちの顔をずっと見ていた。

 彼らが好きなことを話すとき、ずっと目が輝いていた。

 それは、自分が本当に好きなものに熱中する男たちの目だった。

 一番年上のルカスはもう40歳を過ぎているのに、どう見ても20台にしか見えなかった。


「いやあ、今日は楽しかった。うん、楽しかった!」


 ケスナーは、アドラー亭を出てすぐにレオンシュタインの肩を掴む。

 その周りには嬉しそうな顔が揃っていた。

 レオンシュタインは、たくさんの男たちと飲む経験は初めてだった。


「こちらこそ、本当に素晴らしい人たちと知り合いになれました。みなさん、本当にありがとうございます」


 すると、ハラルドが笑顔で、


「固い、固いよ、レオンちゃん。俺たち、友だちだろ! 友だちって言ってくれよ」


 と話しかけてきた。

 レオンシュタインはますます嬉しくなる。


「そうだよ。レオン! 今度はお前のバイオリン、聞かせてくれ」


 お酒が弱いアルベルトも真っ赤な顔でお願いしてくる。

 絶対に聞かせることを約束し、次の会合の日程を聞く。


「うちらの会合は、だいたいこのアドラー亭で、火曜日・金曜日の夜からだ。じゃあ、また次の火曜日に!」


 みんなと握手をして、レオンシュタインは別れる。

 初めての友だちに、見えなくなるまでいつまでも手を振るレオンシュタインだった。

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