第41話 喪男同盟

 王国歴162年9月14日 15時頃 リンベルクの市場の中で―――


 ポスターは黒字に黄色の文字で描かれていて、その書いてある言葉が妙に気になった。


「喪男」


 モテない男という意味だろう。

 下にそのような説明書きがある。

 同盟に入団したい人はアドラー亭に19時集合と書いてあった。


(19時か。気になる)


 しばらく、そのポスターの前で立ち止まっていた。

 20分は考えていただろうか。

 後ろから一人の男が近づいてくる。


(暴漢か)


 イルマはさりげなくレオンシュタインと男の間に割り込む。

 男に軽くぶつかり、レオンシュタインを軽く前に押し出した。


「ごめんなさい」


 イルマは町娘を装って、男に謝る。


「いえいえ。大丈夫ですよ、フラウ」


 その男を素早く分析し、危険がないと判断したイルマは、その場から離れていった。


「お兄さん」


 レオンシュタインに声をかけ、男は近寄っていった。

 年齢は40歳前後だろうか。 

 若々しい笑顔が印象的で、髪の色は亜麻色で体格は中肉中背。

 背の高さはレオンシュタインと同じくらいだった。

 

「そのポスターが気になるのかい?」


「ええ。どんな会なのかと思って」


 レオンシュタインは素直に返答する。

 男は、じっとレオンシュタインを見て、おもむろに手を差し出す。


「私は、喪男同盟のリーダーをしているケスナーと言います」


「私はレオンシュタインって言います」


 ガシッと握手をした瞬間、二人は何かが分かりあった気がした。


「合格!」


「えっ? 何が合格?」


 ケスナーは、握手の握りをさらに強くする。


「君、喪男同盟に興味を持ったね。合格だよ」


「あ、ありがとう……ございます?」


 こんなに合格して、嬉しくないのは初めてだ。

 それを見てケスナーは、いやいやと手を振る。


「合格っていうのは、君は何かを『もってるね』って意味だよ」


「もつ?」


「うん。喪男同盟は、何か夢中になるものをもつ男たちの会なんだ。君は何だい?」


「あ、はい。バイオリンを」


 すると、ケスナーは合点したというふうに、手を叩く。


「そうか。じゃあ、今日、19時にアドラー亭で会おう。いいかな?」


「は、はい。よろしく」


 それを確認すると、ケスナーはすぐに立ち去ってしまった。

 忙しそうな男だが、同時に爽やかさを感じる人だった。


あるじ、妙なことになりましたね」


 イルマが後ろから現れる。

 レオンシュタインはそれに笑顔で答える。


「いや、ワクワクしてるんだ。今まで、男の人とこんな会話をすることが多くなかったから」


 帰宅後、ティアナは難色を示したが、イルマが陰で護衛をすることを聞いて渋々許可する。

 いつも同じメンバーだけで過ごす弊害は、ティアナにも分かっていた。


「じゃあ、思い切り楽しんできてね」


 ティアナに送り出され、レオンシュタインとイルマは宿を出発した。

 アドラー亭には19時少し前に到着し、レオンシュタインとイルマは別々に店に入っていった。


 店の奥に、30~40歳の男達の一団が陣取っている。

 一種異様なオーラを発している、そこが喪男同盟の会合場所だった。


「それでは、第27回喪男同盟の会合を始めます。今日は新たなメンバーをみなさんに紹介します。こちら、レオンシュタインさんです」


 周りの男たちから好意の拍手がわき起こり、小さな祭りが始まったかのような雰囲気が広がる。

 周りにいる人たちは、みな優しそうで一本芯が通った風貌をしていたのが印象的だった。


「では、レオンさん。自己紹介をお願いします」


 ケスナーが挨拶を促す。

 レオンシュタインは立ち上がり、みんなに一礼する。


「初めまして。私はレオンシュタインといいます。どうぞ、よろしくお願いします」


 ケスナーさんが目配せし、たぎる思いを話すよう促してきた。

 みんなも集中してこちらを見てくる。


「私は昔から体型のことでからかわれ、侮蔑の目を向けられていました」


 すると、一斉に男たちは首を振り、小さなため息をつく。


「豚って呼ばれてました」


 その瞬間、みんなは怒りの声を上げる。


「お見合いは10戦全敗です。中にはあざ笑って『こんな人と結婚なんてありえない!』と面と向かって言った人もいました」


 となりに座っていた男がすっと立ち上がると、いきなりレオンシュタインの両肩に手を置く。


「つらい思いをしたね、レオンさん。でも、自分を責めないでくれ」


 優しい眼差しで語りかけてきた。


「そうだ、そうだ。そんな馬鹿女のことなんて、忘れちまった方がいいよ」


「どうせ、たいしたことのないアバズレだったんだよ。ひっかからなくてよかったよ」


「そいつら、ろくな死に方しないから」


 みんな口々に怒りの声をあげ、レオンを慰める。

 今までは、そんなことを言ってくれる人がいなかったため、レオンシュタインは目に涙をためてしまう。


「みなさん、ありがとうございます。今までこんなことを言ってくれる人がいなかったから、本当に嬉しいです」


 お辞儀をするレオンシュタインを、みんな優しい眼差しで見守っていた。


「いや、レオンさんの辛い気持ちが、少しでも軽くなったら嬉しいよ。さあ、飲もう」


 みんな、大きなジョッキを持って


「レオンさんに!」


「喪男同盟に!」


乾杯プロースト!」


 口々に乾杯を告げる。

 レオンシュタインがぐっとビールを飲み込むと、燻製のような香りが鼻に抜けていった。

 飲み進めるにしたがって美味しくなる濃い琥珀色のビールについて尋ねてみると、ラオホビール(燻製ビール)だと教えてくれる。

 どんどん飲み進めるうちに、料理も運ばれてくる。


「レオンさん、私たちの会はね。当然、辛い気持ちを共有し、励まし合う会なんだけど」


 ケスナーさんが、薄いカツレツシュニッツェルを頬張りながら話す。


「自分の夢を話す会でもあるんだ。俺たちだって一生懸命生きてるからさ」


 みんながうんうんと頷く。


「まあ、時々お姉さんのいる店にも行くんだけどね」


 レオンシュタインの肩を叩きながら、ケスナーは大笑いだ。

 当然、レオンシュタインは興味津々である。


「じゃあ、一人ずつ話してくれるか」


 ケスナーは、みんなに自分の夢中になっていること話すように促した。

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