第40話 自由に歩く

 王国歴162年9月13日 13時頃 リンベルクの宿屋にて―――


 昼を過ぎる頃、3人は宿の門をくぐっていた。

 3人は宿の主人から、バターを塗ったパンと人参のスープが食堂にあることを告げられる。

 すぐに食堂に行き、パンと棚にあったスモモを持って部屋に戻る。


「疲れたねえ」


 ティアナがベッドに腰掛けるのと同時に、イルマもベッドに倒れ込む。

 レオンシュタインはパンをテーブルに置き、一口大に千切りながら口に運ぶ。

 芳醇なバターの香りが口に広がる。

 パンの甘さを引き立ち、小麦の香りが強いこのパンはレオンシュタインの好みだった。

 

 パンを食べ終わる頃、ティアナとイルマはベッドに横たわったまま、寝息をたてていた。

 二人の美しい横顔を眺めながら、レオンシュタインは何だか現実ではないような気がするのだった。

 結局、レオンシュタインもベッドに潜り込み、3人とも次の朝、宿の主人に朝ご飯ができたことを告げられるまで、目を覚まさなかった。


 目が覚めると、おはようの挨拶もそこそこに、早速、3人は食堂に移動し、食欲を満たす。

 ティアナは仮面が元通り顔に張り付いたため、何だか見えにくいと食事の間中、ぼやいていた。

 今日の予定として、レオンシュタインはリンベルクの散策、ティアナは魔法院へ行くことになっている。

 その仮面をつけたままのティアナを心配し、レオンシュタインはイルマに付き添いを提案する。

 

「主の護衛はいいのか?」


 その疑問を聞き、ティアナの顔色がすぐに変わる。

 結局、ティアナの送り迎えが終わってから、イルマがレオンシュタインの護衛をすることになった。


 それはそれで危険なんだと不本意そうな声を漏らすティアナだが、いいアイディアが浮かばない。


「イルマ、変なことはしないでよ」


「変なことって?」


 ニヤニヤしながらティアナをからかう。


「もう!」


 部屋に戻り、準備を整え、街中へとびだしていく。

 怒るティアナをなだめながら、魔法院への道を急ぐ。

 大都市リンベルクは道幅が広く、歴史を感じさせる古びた石組みの建物が多く目に入ってくる。


「さすが、大学の街だね。若者が多いよ」

 

 道を行き交うたくさんの若者がコーヒーを楽しんだり、買い物をしたりと思い思いに過ごしている。

 珍しいものに目がないレオンシュタインは、自然に歩みが遅くなる。

 イルマはそんなレオンシュタインの背中を押して先を急がせる。


 やがて、目の前に歴史を感じさせる重厚な5階建ての建物が現れる。

 石造りの壁も所々は大理石を用いており、豪奢ごうしゃを感じさせるこの建物がバンベルクの魔法院だった。

 魔法院の門は深緑色で頑丈な鉄で作られており、3mくらいの高さを誇っている。

 

 建物と同様、きらびやかな受付で受付嬢から費用等の説明を受ける。

 飛び込みの訓練の場合、2週間の訓練期間で銀貨25枚(25万円)が必要とのことだった。

 さすがに魔法院では、ティアナの仮面が目立つことはなかった。

 解呪の申し込みが多いため、受付嬢も見慣れているのだった。

 

「ねえ、レオン。お金は大丈夫かな?」


 ティアナは小さな声でレオンシュタインに確認する。

 昨日もかなりのお金を使ったばかりだ。

 レオンシュタインは目で大丈夫と合図をする。

 ティアナはそれに感謝し、支払うことを伝えると、すぐに応接室でガイダンスを行うことになった。

 だいたい、4時間ほどかかるらしい。


「そんなに?」


 ティアナは驚くが、受付嬢は無表情でそうだと宣言する。

 終わるのは15時頃になるとのことだった。


「お腹空きそう。レオン、美味しいもの頼むわよ」


 ティアナは軽く手を振って、魔術院へ入っていった。


「じゃあ、イルマ。行こうか」


 一緒に街へ行こうと誘ってくれるレオンシュタインの気持ちは嬉しいが、ティアナのことを考えると、やっぱりフェアじゃない気がするイルマだった。


(正々堂々が私のモットーだからね)


「主、私は陰から護衛することにするよ。近く過ぎても守りにくい」


 イルマはレオンシュタインの腕をぽんぽんと叩く。


「それに、主もたまには一人で街を歩いた方がいいと思う。いつも側に護衛付きじゃ、出会えない人が増える。主にとってよくない」


 イルマがまともなことを話したので、笑顔で礼を言う。


「どういたしまして。妻として当たり前」


「それは違うけど」


 笑顔で手を振りながら、イルマはすっと人混みの中に紛れ込んでいった。


(目立たない服装だな)


 いつもより地味な色の服を着ていたことに初めて気付く。


(じゃあ、自由に散策を楽しむか)


 いつもとは違った足の軽さを感じるレオンシュタインだった。

 まず、リンベルクの市場を目的もなく歩くことにした。

 雑貨屋が立ち並び、店の人と会話をしながら、買い物をするのが楽しい。


「お兄さん。この財布、いい出来だよ。買ってかない?」


「兄さん、兄さん、恋人がいるなら、この指輪がいいよ。安くしとくよ」


 レオンシュタインは全ての店員と会話を交わし、とても嬉しそうにしている。

 背後から見守るイルマも嬉しくなる。


(あるじ。嬉しそう)


 生き生きと買い物を楽しむレオンシュタインは、いつもとは違った18歳の若者に見える。


(最近、痩せてきたなあ)


 初めて会った時は、かなりの巨漢だったのに、少しずつお腹が凹んできたことを感じる。

 顔も頬っぺたが下に広がっていた部分がなくなってきた。


(やっぱ、旅が過酷なんだ)


 一度も辛いと言わないレオンシュタインだが、貴族がこのような体験をするのはあまりない。

 もっと気をつけて様子を見ようと決意するイルマだった。


 お昼を別々に済ませ、さらに市場が途切れるところまで歩いていく。

 古く建物が多い旧市街に差し掛かったとき、レオンシュタインは煉瓦の壁に気になるポスターを見つけた。


「君も喪男同盟に入団しないか?」

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