第37話 許嫁と嫁の素顔
王国歴162年9月13日 朝9時頃 リンベルクの施療院にて―――
朝食もそこそこに、3人は大聖堂の施療院を訪れていた。
この施療院でティアナの仮面がとれる可能性がある。
レオンシュタインとイルマの二人は、窓際の椅子に並んで腰掛け、司祭が解呪の準備しているのを眺めていた。
今まで仮面で苦労してきたティアナを知っているだけに、レオンシュタインは一刻も早く、それを取り除きたいと思う。
「では力を抜いて」
そう言いながら、司祭はティアナの仮面に手をかざす。
「解呪」
その瞬間、司祭の手が白色に光り、ティアナの面が少しずつ消えていく。
美の女神と言われたティアナの母マグダレーナに似た顔が少しずつ現れてきた。
そのあまりの美しさに動揺しながら、司祭は魔力を注いでいく。
「私でも、この呪いは完全には解けません。王都シュヴァーリンでしたら、解呪できる司祭がおります」
治療を続けながら、司祭は説明を続ける。
手の光が収まり、ティアナがゆっくりと目を開いた。
「私の魔力だと半日くらい効果が続くでしょう」
そう説明が終わると、司祭は軽い疲れとティアナの美しさに溜息をついた。
明るい視界が嬉しいティアナは、両手を組んで丁寧に感謝を述べる。
後ろで様子を見ていたイルマは、ティアナのあまりの美しさに言葉を失っていた。
顔立ちは教会の絵画で見た女神よりも神々しく見える。
喜びと同時に胸の痛みが襲ってきたイルマは、少しうつむき加減になる。
(主が伴侶に選んでも無理はない)
しばらく下を向いていたイルマだったが、やがて口元に笑みを浮かべながら顔を上げる。
確かに美人は素晴らしいけれど、自分には自分の素晴らしいところがある。
今はまだ見つからないけれども、きっとある。
(それは、主が見つけてくれる)
そう思いながら、イルマは隣に座っているレオンシュタインを見つめるのだった。
爽やかな風が室内に吹き込み、外の薔薇の匂いが部屋に充満する。
その風はイルマの口を覆っているスカーフを取り払ってしまった。
慌ててスカーフを拾うイルマの姿を、司祭はずっと眺めていた。
ティアナをベッドの上で休息させると、一人納得したように頷きながらレオンシュタインの側に歩み寄っていく。
「レオンシュタイン殿、こちらの女性の傷は、この施療院で消すことができます」
イルマの方を見ながら、司祭は優しい笑顔でレオンシュタインに提案する。
「それは本当ですか!!!」
「本当です。ただし、銀貨200枚(約200万円)ほどかかります」
その値段に息を飲んだイルマだったが、レオンシュタインは嬉しくてたまらなかった。
イルマをずっと悩ませている傷が治るなら今すぐにでも治したい。
イルマ自身も治したいと熱望していたが、口には出せなかった。
何と言っても銀貨200枚は大金だ。
イルマが黙って下を向いていると、
「お願いします」
と、きっぱりとレオンシュタインが答える。
イルマは慌ててレオンシュタインを振り返った。
「主、しばらく倹約しないといけない金額だぞ。いいのか?」
「いいよ! 治るものなら治した方がいいから」
レオンシュタインは迷わなかった。
治せなかった妹カチアのことを、ずっと後悔しているレオンシュタインを思うと、ティアナは反対だとは言えなかったし、言うべきでもなかった。
イルマは何が何でも治したいとレオンシュタインに迫る。
「わかった。じゃあ、早速やってもらおうよ」
レオンシュタインは、司祭に治してほしいと頭を下げる。
微笑みを絶やさずに治療台の前に移動した司祭は、イルマをその上にいざなった。
治療台に横たわったイルマは、両手を組んで目を瞑る。
イルマの口を覆っているスカーフをそっと取った司祭は、
「さあ、力を抜いてください」
と言うと、イルマの顔に手をかざし治癒の呪文を唱える。
手が緑色に光り、その光はイルマの顔全体を覆う。
5分くらい経ったろうか。
光が完全に収まると、イルマの顔から傷が綺麗に消えていた。
イルマは見えなかった左目をゆっくりと開くと、部屋が急に広くなったような気がした。
眩しい光が目に痛い。
「こ、これは」
司祭はまたも動揺する。
目鼻立ちがすっきりと立ち、切れ長の目とまつ毛の調和が美しい。
口元は不敵さを表すように口角が上がり、それがさらに魅力的な印象となっている。
ティアナが少女の美しさとすれば、イルマは成人の美しさがあった。
それだけに妖艶さが際立っている。
先ほどの仮面の少女に負けないような美が目の前に現れていた。
治療終了が告げられ、イルマはゆっくりと治療台の上に身体を起こす。
「どうかな、主。治ったかな?」
眩しいのか右手で外からの光を遮りながら、イルマはレオンシュタインの方を見て問いかける。
イルマの美しさに驚いたレオンシュタインは、イルマから視線を外してしまう。
勢いよく治療台から飛び降りたイルマは、レオンシュタインの側に歩み寄っていった。
レオンシュタインの横に腰掛け、横から顔を覗き込む。
「あ、あの?」
顔が近いとレオンシュタインは抗議したかったが、言葉が出ない。
「主、私の傷は?」
イルマはさりげなく胸を密着させながら、さらにレオンシュタインの顔の近くまで近づいていく。
「治、治ってますよ。イルマさん」
顔を真っ赤にしながら、レオンシュタインはイルマと反対の方へ移動しようとする。
イルマはお礼を言いながら、レオンシュタインが逃げられないように腰をがっしりと掴んでいた。
「近いよ! イルマ。離れなさい!」
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