第33話 路地裏の出来事(元気出して)

 王国歴162年9月11日 16時頃 リンベルクの市庁舎付近――


 リンべルクの市庁舎は、薄黄色の壁にオレンジ色の窓枠、黒い屋根と色彩豊かな装いをしている。

 キースバッハより人口は多く、市庁舎前では市場が賑わっていた。

 市庁舎の前にある、六角形の噴水には女神像が建っており、人々の憩いの場所となっている。


「さすがに賑わってますね」


「綺麗な街だな」


 それぞれの感想を話しながら、市庁舎の周りを観光する。

 蔦の絡んだ時計棟の下にアーチ型の壁が2つあり、その下の通路を人々が歩いている。

 そこをくぐり抜けると、薄い茶色の煉瓦で作られた旧市街の建物が姿を現す。


 教会も尖塔ではなく、帽子を被ったような六角形の屋根が目立つ。

 共同住宅の前には花を飾っているところが多く、落ち着いた佇まいを見せていた。


 ただ、一本裏道に入ると、表の華やかな街並みが一変する。

 壊れかけた住宅や放置された多くのゴミが目につく。

 レオンシュタインたちが顔をしかめるくらい、下水のような腐臭が充満していた。

 道路上に座り込んでいる人も多く、路上で生活している人も数多い。

 街の表と裏で住人がこんなに違っていることにレオンシュタインは衝撃を受ける。


 なぜ、こんなに違うのかというレオンの疑問に、イルマはお金がないからだと何でもなさそうに答える。

 今までお金に困ったことがなかったレオンシュタインは想像するのが難しい。


「どうしてお金がないんだろう」


 イルマはすぐに答えを返す。


「それは、税金という名の収奪がひどいせいでしょう」


「収奪……か」


 伯爵家としては、収奪と言われると返す言葉もなかった。

 イルマはさらに話を続ける。


「農家は収入の10のうち6を、都市にすむ人は10のうち5を税金として支払ってるはずです」


「そんなに?」


「確かそのくらいだったなあ」


 10のうち6をとられていたら、暮らしは絶対に楽にならない。

 農家であれば、自分たちが食べていくことさえ容易ではない。

 もし、凶作だったら大変なことになる。

 シュトラントの様々な場所で反乱が起きている原因がようやく腑に落ちた気がした。


「じゃあ、暮らせない人は?」


「こういう場所に逃げてくるよ。ここは、税金がないからね」


 街の表だけを見ては、真実がつかめないことをレオンシュタインは知るのだった。

 けれども、どうしてそんなに税が必要なのかレオンシュタインは不思議に思う。


「道路を作るとか、敵から守るだとか、いろんな説明はされますけど」


 イルマは向こうを指さす。

 ちょうど貴族が宝石店に入っていくところだった。


「貴族の懐に入っているんじゃないかと、もっぱらの評判です」


 そこまで話すと、ティアナとイルマは、


「じゃあ、私たちは食べ物を買ってきますね」


 と言い残し、買い物に行ってしまった。


(税金か)


 二人が行った後、少しだけ伯爵家のことを思い出す。

 自分は贅沢をした覚えがないけれど、町の人たちから見れば違うのかもしれない。

 外から店内を眺めていると、貴族とおぼしき夫婦が笑顔で買い物をしている。


 店員が満面の笑みで接客しているのが分かる。

 彼らには、この路地裏の景色は見えないのか。

 いや、自分だって今まで見えていなかったとレオンシュタインは考えを巡らす。

 ぼんやりと店の前に立っていると、中から店員が出てきて、声を掛けられた。


「そこに立たれると店内が暗くなる。別の場所に行ってくれないか」


 意地悪そうな声でレオンシュタインをどかせようとする。

 無礼を咎めると店員の目がつり上がった。


「何が失礼だ。そんな汚い身なりで店先にいられると、買い物をしている人の邪魔になるんだよ。せっかく綺麗な宝石を買おうとしているのに、ゴミが目に入ったら、買う気がなくなってしまうだろ」


 レオンシュタインが何か言おうとすると、


「さあ、もういいだろ。早く向こうへ行け」


 と、手で方向を示される。

 レオンシュタインは伯爵家の出身で、このような無礼は体験したことがなかった。


「私は伯爵家の一員だが、それでも、どかせようとするのか?」


 店員はふふんと鼻で笑い、


「お前のような薄汚い伯爵がいるものか。では、伯爵様。うちの宝石を購入してくださいますか? 一番お安いもので金貨10枚になります」


 レオンシュタインはさらに憤るが、金貨10枚は払えない。

 その様子を見ていた店員は、呆れたように言い捨てる。


「金貨10枚程度を支払えなくて何が伯爵か! さあ、どかないと衛士を呼ぶぞ」


 レオンシュタインはもう何も話せなくなり、その場を立ち去った。


(伯爵家の一員だと証明するには、お金しかないのか? いったい、貴族とは何だろうな)


 打ちひしがれながら、仲間達のもとへ戻るレオンシュタインだった。


「レオン! いい西洋スモモフラウメンを買えたよ!」


 レオンを見つけたティアナが、大きく手を振り、声をかけてくる。


「こっちの小型のパンブロートヒェンもいい味だぞ」


 両手に溢れるくらい、パンを抱えたイルマも近寄ってくる。

 けれども、ティアナはレオンシュタインがいつものように喜んでくれないことに気付く。


「レオン。何かあったの?」


「いや、ちょっと頭が痛くて」


 ティアナはすぐに側に寄り、おでこに手を当てると、


「熱はないよ」


 と、顔をのぞき込んでくる。

 明らかに元気がない様子を感じ取ると、すっと顔を近づかせ、頬にそっと唇を当てる。


「レオン、元気出た?」


 慌ててティアナから離れるレオンシュタイン。


「ティ、ティア!」


 顔が真っ赤になる。


「良かったね。こんなに可愛い子からキスしてもらって!」


 そう言うと、ティアナは軽やかに宿に向かって走り出した。


「自分で言うな!」


 咎めるような口調で呼びかけながら、ティアの後を追いかけるレオンシュタインだった。


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