第32話 何よりもうれしいプレゼント
王国歴162年9月10日 12時頃 孤児院の控室にて――
「レオン、お疲れ様。とってもいい演奏だったよ」
「主、こんなに感動したのは初めてだ。ありがとう」
汗だくのレオンシュタインに、2人は惜しみない賛辞を送る。
レオンシュタインも笑顔で頷いていたけれども、声が出せない。
シスターも疲労困憊のようで、椅子にぐったりと座っている。
力を振り絞って、ゆっくりと立ち上がたレオンシュタインは、シスターに近づいていく。
「シスター。本当にありがとうございました。素晴らしい演奏でした」
レオンシュタインはお礼を述べ、シスターも笑顔でそれに応える。
講堂横の小部屋は薄暗かったが、人々は素晴らしい時間を過ごした充実感で顔が輝いていた。
レオンシュタインが横になって休んでいると、部屋のドアがノックされる。
どうぞと話すのと同時に、子どもたちがなだれ込んでくる。
「お兄ちゃん、ありがとう。とっても、綺麗な曲だった」
「気持ちよかった」
笑顔で抱きついてくる子どもたちの頭をなでながら、レオンシュタインは心からの笑顔になる。
イルマにも同じくらいの子どもたちがくっついている。
部屋の隅にいた小さな男の子がイルマの側に寄っていく。
「あ、あの」
おずおずとイルマに話しかけてくるのを見て、すぐにしゃがんで男の子と同じ目線になる。
「何?」
と優しく尋ねると、男の子はイルマに抱きつき、「ママ」と小さな声を出す。
そっとその男の子の頭を撫でたイルマは、
「はい」
と優しく答える。
男の子はさらにぎゅっとイルマに抱きつき、胸に頭を埋める。
イルマの目に穏やかな色が宿り、そのままずっと頭を撫で続けた。
男の子はすうすうと穏やかな寝息を立て、イルマの胸の中で眠ってしまった。
「あらあら」
微笑んだイルマは男の子を抱き抱えたまま、すっと立ち上がりレオンシュタインの側に寄っていく。
レオンシュタインが優しい眼差しで男の子を眺める。
「子どもって可愛いね」と、イルマはとても愛おしそうにレオンシュタインに話す。
今までそんなに子どもと接することはなかったし、口の怪我をしてからは意識的に避けている時もあった。
「レオン。この子、眠っちゃった」
とさりげなくウインクしながらレオンシュタインに近づいていく。
何だか夫婦のようなやりとりに聞こえ、レオンシュタインは動揺する。
「あ、あの」
「静かに。この子が起きちゃうよ」
と、さらにレオンシュタインにすり寄っていく。
「子どもは二人がいいかな?」
思い切り笑顔になりながらイルマは甘えた声を出す。
その瞬間、
「おい、イルマ?」
遠慮して部屋の隅にいたティアナだったが、素早くイルマの前に移動し、がっきと頭を掴む。
「子どもを使って、変なことしないでくれる?」
けれどもイルマは動じない。
「ティアナ。静かにしてくれる? この子が起きちゃうよ」
「あっ」
慌てて手を離すティアナを横目で眺めながら、
「じゃあ、レオン。この子を寝かせに行きましょう」
「調子に乗るな!」
まわりが笑顔で包まれる中、レオンシュタインの初めてのミニコンサートが終了したのだった。
§
翌朝、宿を出発しようと外に出ると、入り口にシスターが立っていた。
「3人を見送ろうと思って」
そう言いながら、手に持っていた1つの袋を差し出す。
「これ、みんなで作ったんです」
すぐに袋を開けて見ると、中にはたくさんのクッキーが入っていた。
「シスター。これは?」
レオンシュタインが尋ねると、とてもうれしい答えが返ってくる。
「実は、昨日の演奏会を聞いていた篤志家が、私たちの孤児院に多額の寄付をしてくれたんです。それに小麦もたくさん」
ニコニコしながらシスターは話し続ける。
「その方、レオンシュタインさんのバイオリンを聞いて、何かしなくちゃって思ったらしいんですよ」
レオンシュタインは照れて頭をかく。
「あんな素晴らしいバイオリンを、無料で聞かせてくれる人がいるんだなって言ってました」
「それに、農家の方からは小麦や野菜をたくさんいただいたんです。孤児院が苦しいのは分かってたのに、俺たち見ないふりをしてたなって」
「すごいですよ。レオンシュタインさん」
レオンシュタインは顔を赤らめる。
「いや、自分はたいしたことないですよ。でも、子どもたちのためになったなら最高です」
満面の笑みで答える。
「このクッキーは、いただいた小麦で作ったんです。そんなに甘くないけど、みんなで一生懸命作ったんです」
「本当に嬉しいです。みんなにお礼と……それに、また演奏に行くからって伝えてください」
「分かりました」
大きく手を振りながら、レオンシュタインたちは出発する。
レオンシュタインたちの姿が見えなくなるまで、シスターはずっと見送るのだった。
「こんなにうれしいプレゼントは生まれて初めてだ」
「良かったね。レオン」
みんな笑顔でキースバッハの門をくぐる。
そこからリンベルクの町までは9時間で、およそ25kmの道のりだ。
「このクッキーがあれば、疲れないよ」
クッキーを手に持ちながら、レオンシュタインが珍しく浮かれていた。
子どもたちのプレゼントと演奏会が成功したことが、本当に嬉しいのだろう。
今まで誰からも認められなかったレオンシュタインのバイオリンが、ついに日の目を見たのだ。
それはこれからどんどん大きくなり、大輪の花を咲かせるだろうとティアナは確信していた。
(レオンのバイオリンは、聞く人を幸せにする)
クッキーのおかげか、3人は急ぎ足で前へと進んでいく。
通りすがりの人たちにも笑顔で挨拶するほど、レオンシュタインのテンションは上がっていた。
「なあ、ティアナ」
イルマがレオンシュタインの様子を見て、ティアナに話しかける。
「主。はしゃぎすぎじゃないか?」
ティアナは大きく頭を振る。
「いいえ、イルマ。レオンはね、今まで誰からも認められなかったの。でも、昨日の演奏を聞いたでしょう? 素晴らしい才能の持ち主なのよ」
自分のことのように誇らしい。
「私は、はしゃいでいいと思う。というより、もっとはしゃいで欲しい。彼のバイオリンが世界に響き渡るまで」
「世界ときたか。じゃあ、自分らが支えないとな」
「ええ」
そうして、休憩をとりつつ歩き、あっという間にリンベルクの街並みが見えてきたのだった。
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