第21話 陰謀

 王国歴162年9月10日 夜 薄暗い部屋の中で――


「では各自の報告を聞こうか」


 夏の暑さが和らぐ中、薄暗い部屋に冷えた声が響き渡る。

 部屋は6m四方しかない狭さだったが、調度品は一流の絵画が揃えられている。

 蝋燭は灯されていたが、顔が見分けられないくらいの明るさしかなかった。


「我が主」


 黒い頭巾を被った男が口を開く。


「レオンシュタインの襲撃に失敗いたしました」


 頭を下げ謝罪の意を示す。

 主人らしき男は、空中に手を振り、信じられないといった態度を示す。


「ほう……。あれがそんなに武芸をたしなんでいたとは驚きだな」


「いえ、用心棒がいたのです。偶然連れだっていたようでした」


 微動だにせず報告を済ませる。

 主人はやや声をひそめて尋ねた。


「まあ、よい。で、証拠は掴まれていないだろうな」


「は。弓を1つ落としましたが、足の付くようなものは全て削ってあります。そこから、我が主にたどり着くことはありません」


「そうか、よし」


 そう言うと、机に置いてあった小さな麻袋を男の前に放り投げる。


「褒美だ。次は失敗するなよ」


 袋を懐にしまうと、男は音も立てずに部屋から姿を消した。


「次」


 主人は機嫌が悪そうな声を発する。


「我が主」


 商人風の男が目の前に進み出る。


「私はティアナ様のお顔を拝見することができました」


「ほう、それは興味深い。で、どうだった?」


「我が主の予想通り。いえ、おそらくは予想を超えておりましょう」


「何!? それほどか」


 思わず椅子から身体を乗り出し、明るい口調で尋ねる。


「は。私はこれまで、あれほど美しい女性を見たことがありません」


 部屋に湿った笑いが響き渡った。

 まわりの男達は笑いもせず、口を閉じたまま主人を見つめている。


「俺に相応しい……ということだな」


「御意」


 恭しく頭を下げて、報告を終了する。


「素晴らしい情報だったぞ」


 そう言うと、机に置いてあった麻袋を男の前に放り投げる。

 先ほどの男に投げたものよりも大きめの袋だった。

 地面に落ちた瞬間、ジャラ、ジャリといった音が響き渡る。


「褒美だ。このような情報を待っていた。これからも行き先を掴んでおけ」


「分かりました」


 そういうと、男は靴音を響かせながら、優雅に部屋を出て行った。


「で、お前は何を掴んだのだ?」


 最後に残った背の低い男に主人が尋ねる。

 先ほどとはうって変わって、機嫌が良くなっていた。


「我が主」


 男が目の前に進み出る。


「私はティアナ様のお身体を確認することができました」


 すると主人の目つきが、すっと細くなる。


「……何を確認したのだ」


 男は用心しながら報告する。


「は。池で水浴びをされている様子を確認しました。遠くからでしたが、やはり抜群のプロポーションでした」


「それは、うれしい報告だが。……お前は、その身体の全てを見たのか?」


 全身が震え、男は言葉を慎重に選ぶ。


「いえ。私はかなり離れておりましたので、ほぼシルエットしか確認できませんでした。申し訳ありません」


 謝罪の言葉は逆に主人を喜ばせる。


「いや、いいのだ。逆にお前が全てを見ていたとしたら、このレイピアで目を突き刺していたところだ」


 主人は腰のレイピアを軽く叩きながら、男に話しかける。

 男は黙って頭を下げる。

 男は賭に勝ったのだ。

 自分の機転が命を救ったのだと、気付かれないように安堵のため息をつく。


「ますます俺のものにする楽しみができた。礼を言う」


「もったいのうございます」


 頭を下げたまま、報告を終了する。


「俺が求めていた情報だったぞ」


 そう言うと、机に置いてあった麻袋を男の前に放り投げる。

 先ほどの男に投げたものと同じくらいの袋だった。

 地面に落ちた瞬間、ジャラン、ジャリンと音を立てながら、中身がこぼれ出る。


(金貨だ!)


 男は黙ってそれを拾い、袋に入れる。


「褒美だ。それと、これからは身体の情報はいらない。行き先だけで良い。分かったな」


「勿論です」


「では、すぐに行け」


 男は音を立てずに部屋から出て行った。

 気がつくと体中に汗が噴き出していた。

 主人はたった一人になった部屋で、歪んだ笑みを顔に浮かべ、つぶやく。


「絶対手に入れる。そして、思いつく限りの快楽を味わわせてやる」


 いつの間にか後ろには、身体が見えるくらいの薄いシルクで身を包んだ3人の女性が控えていた。


「それまでは、お前たちで満足しておくことにするか」


 女たちを引き連れて男は寝室へと向かう。

 女たちは、その後を音も立てずについて行く。

 やがて、部屋の奥で嬌声が響き渡り、夜の帳を引き裂くのだった。

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