第20話 お姫様のりんご売り
そう言うと、目をつぶったおばあさんが呪文を唱え出していた。
突然の呪文に戸惑いながら、ティアナはおばあさんを黙って見つめる。
「解呪!」
ティアナの黒い仮面が白く光り、しばらく全身が光で覆われたままとなり、やがて光が収まると同時にその下からティアナの素顔が現れたのだった。
「あらあ。すごい美人さんだねえ」
のんびりとおばあさんは話し、肩がこったとばかりにトントンと叩いていた。
仮面が取れたことが信じられないティアナは、何度も顔に手をやって確かめる。
本当にない!
「私の魔力じゃ、1時間がいいところだね。あなたにかけられた呪いの魔法は、かなり難しい術式が組み込まれてるよ。完全に無くするには、これをかけた人と同じくらいの魔力が必要だね」
そう話すおばあさんの横へ移動したティアナは、おばあさんをぐっと抱きしめたまま話さない。
ニコニコしながらティアナの頭を撫でていたおばあさんは、ずっとされるがままにされているのだった。
「私、ティアナって言います。そうだ! 私、一緒に林檎を売ります。そのくらいしか、できないけど」
「いいのかい? どこかに行く途中だったんだろ?」
おばあさんからそっと離れたティアナは、目の前で手を振り、それを否定する。
「いえ、いいんです。もらってばっかりじゃ申し訳ないですから」
おばあさんの横に移動すると、早速、可愛らしい声で売り込みを開始した。
「美味しい林檎はいかがですか?」
細い腕をゆっくりと振りながら、こちらですと案内を始める。
美しいソプラノは遠くまで響き、道行く人たちは思わず振り返っていた。
一番近くを歩いていた2人の若者は、そのソプラノの声の持ち主に目をやった途端、動きが止まってしまった。
「おい! お姫様が林檎を売ってるぞ!」
「と、とにかく近くまで行ってみないと」
若者がおずおずと近寄り、さらに近くでティアナを見る。
まったく相応しくないシチュエーションに、2人の戸惑いは更に大きくなる。
「馬鹿高い林檎を買わされるのか?」
「うん……こんな場所に不似合いだよな」
顔を見合わせる二人を見て、ティアナが微笑みかける。
二人は、その笑顔に魅了され、呆然としてしまう。
ティアナは二人の目を覚まさせるように、目の前で手をひらひらさせる。
その仕草も可憐で、微笑ましい。
「いくつお買い上げですか?」
けれども、二人はティアナに見とれたまま口を開けている。
「あ、あの……お客様?」
ティアナに言われて二人は我に返り、「あ、3つずつください」とかすれた声で注文する。
ティアナは満面の笑みでお礼を言い、銅貨2枚になると説明する。
二人は慌てて銅貨1枚ずつをポケットから探り出し、すぐにティアナの手の上に載せた。
それと引き換えに、ティアナは3つの林檎をそれぞれの手の上に乗せる。
「美味しいんですよ。無くなったら、また来てくださいね」
「はい! 必ず来ます」
二人の様子を見て、ティアナは口に手を当てクスクスと笑う。
二人はティアナから目を離せず、笑顔のまま固まっている。
「おい、買ったなら、そこをどいてくれ」
後ろから抗議の声があがる。
気がつくと、行列が20人ほど並んでいるのだった。
二人は名残惜しそうにティアナを振り返り、その場から遠ざかっていった。
その二人とすれ違うように、商人風の男がティアナの方へ近づいてきた。
けれども、周りの男達のように、すぐ近くまでは寄らなかった。
「めずらしいな。売り子にこんなに美しい人がいるとは」
独り言のようにつぶやくと、じっと働いている様子を眺めていた。
ティアナが呼びかける前に、どんどん林檎が売れていく。
ついに、テーブルの上からおばあさんのもってきたりんごがなくなってしまった。
「全部、売れましたね」
うれしそうにティアナが話す。
しかも、買いたい人がまだ長い列を作っている。
「ティアナちゃんのおかげだねえ。こんなに売れたのは初めてだよ」
にこにこしながら話すおばあさんを見ながら、ティアナもそれに負けないくらいの笑顔になる。
おばあさんは懐から袋を出し、「じゃあ、これは今日のお手伝いの分」と、お金を渡そうとする。
手でそれを押しとどめると、ティアナは笑顔のまま頭(かぶり)を振る。
いつの間にかバイオリンの音が聞こえなくなったことに気付いたティアナは、はっと我に返る。
「大変! じゃあ、おばあさん、本当にありがとう」
おばあさんに手を振ると、一目散に教会の方へ走り去っていった。
「忙しい子だねえ」
後片付けを始めたおばあさんの前から、お客さんが三々五々散っていき、ずっと眺めていた商人風の男も町へ戻っていく
おばあさんの目がきらっと光っていた。
(あの子は、気をつけなきゃいけないことがありそうだね)
様々なことを考えながら、店のテーブルを畳んでいく。
(ティアナちゃんに、また会えますように)
おばあさんは、祈りながら家路を急ぐのだった。
練習が終わったレオンシュタインはベンチで川の流れを見つめていた。
昔、城から川を見られなかったというのもあり、この水がどこに流れていくのかを考えるのが好きだった。
(海まで流れていくんだろうな。海ってどんな景色なんだろう)
物語の中でしか知らない海をいつかこの目で眺めてみたい。
ぼんやりと空中を眺めていると、
「レオン、どうしたの?」
突然、自分の前に可愛らしい素顔のティアナが現れた。
激しい動悸を感じながら、何があったのかティアナに問いかける。
「出会ったおばあさんが、魔法で仮面を外してくれたんだよ。そのおかげで」
レオンシュタインから少し離れ、優雅に礼をする。
「普通の女の子になったよう」
笑顔が眩しすぎて直視できない。
全然、普通じゃないと突っ込みを入れたいが、そこはぐっと我慢する。
「レオン?」
やや不安そうな表情を見せるティアナを見て、不安を消すために何か言わないといけない。
「ティア。とっても綺麗だよ」
んん? 突然こんな台詞は相応しくないか。
当のティアナは真っ赤になってその場に立ち尽くしていた。
「いえ。……私、うれしいんです」
といきなり抱きついてきた。
「ティア!?」
困惑するレオンシュタインだが、ティアナは全く気にしない。
頭を胸につけたまま、眠るように抱きついたままだ。
「ほら、まわりの人も見てるから」
肩を掴んで離そうとするが、ティアナは抱きついた腕の力をさらに強める。
目をぎゅっとつぶり、幸せそうな笑みを浮かべている。
周りにいた人たちが首笛を吹いて祝福してくる。
「熱いねえ。お二人さん」
「幸せなカップルに幸あれ。めでたいねえ」
それを聞いて照れるレオンシュタイン。
(まあ、良かったのか?)
抱きつかれたまま、ティアナが落ち着くまで、自分の頭をかき続けていたレオンシュタインだった。
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