第22話 大道芸人がお嫁さん?
王国歴162年9月8日 朝 スコップ亭の2階の部屋にて――
「レオン、おはよう」
昨日、公園から帰ってきてから、ずっとティアナのテンションが高い。
可愛い鼻歌を奏でながら、部屋の掃除に余念がない。
「ティア、ずいぶん元気だね」
「はい。気持ちの良い朝ですね」
ややピントがずれた受け答えをしてくる。
レオンシュタインは軽くため息をつきながら、今日の予定を伝える。
「ティア。今日はバイオリン練習の後、街の様子を見てきたいと思うんだけど」
すると、意外なことに、許可の返事が返ってくる。
珍しくついてくるとは言わなかったのが不思議だった。
(何かおかしい。でも、いいか)
すぐに食事を済ませ、街に出る。
ティアナはずっとニコニコしたまま、気持ちよくレオンシュタインを送り出していた。
今日は雲が多く、その隙間から青空がのぞく空模様だった。
熱くもなく、寒くもない、さわやかな秋を肌で感じることができた。
気持ちが浮き立ち、市場を眺めているのも楽しい。
しばらく歩いていると、市場の中央から声が聞こえてきた。
気になったレオンシュタインは、人が大勢集まっている方へ歩いていった。
「さあ、誰か私に膝を付かせることのできる人がいれば、景品を払うよ」
レオンシュタインと同じくらいの身長の女性が、市場の片隅で大道芸を披露していた。
レオンシュタインは興味がわき、側に近寄っていく。
「景品は何だ?」
周りにいる群衆が尋ねる。
「景品はこの私、イルマだ。召使いだろうが、奴隷だろうが、何でも好きにするといい」
周りの男達はとたんに色めき立ち、なめ回すような目でイルマの全身を見つめる。
イルマは首をすくめながら、手で視線を追い払うような仕草をする。
年齢はよく分からないが、二十歳前後だろう。
髪の毛は赤く短髪で、声は活発さに溢れていた。
「本当だな」
「ああ、本当だ。ただ、参加費は大銅貨2枚(銅貨20枚 約2000円)だぞ。挑戦者も身体の一部が地面についたら負けだからな」
イルマは口元をスカーフで幾重にも巻きつけていたので、顔はよく分からないが、目元は涼しく、まつげも長い。
ただ、左目には縦に刀傷がついており、閉じられたままになっていた。
均整のとれたしなやかな体つきは嫌でも男達の目を引きつけ、参加の意欲を高めていた。
「よし、俺がやる」
早速、前にいた男がイルマに挑みかかるが、すぐに足払いをされてしまい、地面に肩を打ち付けてしまう。
「痛え!」
その様子を冷静に見つめながら、イルマは手を差し出し、参加費の大銅貨2枚を要求する。
男は渋々、懐からお金を出してイルマに支払い、人目を避けるようにその場を立ち去っていった。
「さあ、私に挑むものはいないか?」
5人の男達が次々と挑戦したが、すぐに地面に投げとばされてしまう。
ただ、イルマが手加減をしているため、大きな怪我にはならなかった。
「まいどあり」
次々と倒されてしまう様子を見て、参加する人が一旦途切れる。
イルマはそれを見て、別のやり方に切り替える。
「そこのあなた」
とレオンシュタインを手招きした。
訳も分からずイルマの前までレオンシュタインは進み出る。
「あなたは特別に無料にしてあげる。私を倒してみない?」
その瞬間、レオンシュタインは青ざめる。
「無理、無理! 自分にそんな力はないので」
すぐに後ろに隠れようとするが、イルマは腕を掴んで離さない。
「手加減するから」
問答を繰り返していると、後ろにいる屈強な男が前に出てくる。
「俺の名はボッズ。俺の挑戦を受けろ。ちょうど身の回りの世話をする女が欲しかったんでな」
その名前を聞いた人々は、ボッズに聞こえないように小声で話す。
「おい、あのボッズかよ。乱暴者で残虐だ」
「いくらあの女が強くても、ボッズじゃあ」
あまり評判の良くない男のようだ。
けれども、イルマは動じず、レオンシュタインの参加を促し続けている。
ボッズが何度も自分と戦えと迫ってくるので、イルマはうんざりとした口調で答える。
「ちゃんと順番を守りなよ。今はこのお兄さんが挑戦するんだから」
と、相手にもしなかった。
「さあ、どうぞ」
レオンシュタインには全くその気がなかった。
「いえ、本当にいいんです。あの方に譲ります」
帰ろうとするが、イルマは譲らない。
その様子を見ていたボッズがしびれを切らして、殴りかかってきた。
「危ない!」
ボッズが殴りかかってきたのを見て、レオンシュタインはとっさにイルマを庇おうとする。
イルマは意外な動きに一瞬戸惑った。
その瞬間、ボッズの拳がレオンシュタインに背中を痛撃する。
そのまま、イルマにぶつかってしまった。
「あら?」
そのまま、後ろに倒れ込みそうになる。
このまま倒れると危ないとレオンシュタインはイルマを抱きかかえようとするが、足下の小石に躓き、逆に押し倒してしまう。
周りは突然のことに呆然としていた。
「こういう場合、どうなるんだ?」
「ルール的には、倒した奴だろ」
群衆が勝者は誰かについて話し出す。
ルールではレオンシュタインが勝者になる。
でも、レオンシュタインはそんなことを考える余裕がなかった。
イルマの胸に頭を埋める形になり、かつ相手を抱きかかえている。
昼の余興にしては、刺激が強すぎた。
「ママ、あのお兄さん、何してるの?」
「しっ。見ちゃいけません」
情操教育にも悪そうで、お母さんが子供の目を塞いでいる。
イルマの胸は鍛えているにしては柔らかで……などと考えているうちにレオンシュタインは我に返る。
「ご、ごめん。わざとじゃ」
レオンシュタインはイルマの胸から顔を離す。
けれども、イルマは倒れ込んだまま、顔を両手で隠している。
怪我はないことを確認すると、レオンシュタインは、そそくさと立ち上がり、その場を離れようとした。
けれども、すぐイルマに呼び止められる。
イルマは真っ赤な顔をして、涙ぐんでいた。
「あ、あなたの勝ち。だから、私はあなたについて行く」
「はあ?」
あっけにとられるレオンシュタインの後ろから、俺が倒したのと同じだろとボッズが抗議してくる。
レオンシュタインも、そう思うのだが、イルマは首を縦に振らない。
「違う。この男は私を庇おうとしつつ、脚をからめて転ばせたんだ。達人の技だ」
イルマはたどたどしくレオンシュタインを褒めるが、ちょっと苦しい理由だ。
「納得いかねえ」
「じゃあ、こうしたら納得する?」
イルマが素早くボッズの側に移動し、脚をかけて空中で一回転させてしまった。
「ぐあ! くそう!」
そのとき、ボッズの右手がイルマのスカーフを掴んでいた。
その瞬間、イルマの顔が現れる。
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