第30話 初めてのミニコンサート

王国歴162年9月10日 朝の7時 宿の食堂にて――


「朝ご飯を食べたら、すぐに行きましょう!!」


 朝、起きたばかりというのに、レオンシュタインの鼻息が荒い。

 意気込みの訳を知るティアナは、はい、はいと笑顔でかわす。


「朝の7時だよ。いくら何でも早すぎない?」


 びっくりして、イルマが懸念を伝えると、


「いいんだ。向こうでも練習できるから」


 と忙しく準備をしながら答える。

 そのため、朝の8時には孤児院に着いてしまったレオンシュタインだった。


「え!? こんな早く?」


 シスターは驚いたけれども、レオンシュタインは気にしない。

 お祈りのために教会に行き、次に会場の孤児院を確認することにした。

 孤児院は、森の中にある小さな教会の隣にひっそりと建っていた。


 教会は白壁で、1つの塔の上にはタマネギ型の部屋、その上には三角錐の尖塔が立っていた。

 遙か向こうには万年雪の白い山々が連なり、白と青緑の対比が美しい。

 教会の大きさは縦横20mほどで、礼拝堂は50人くらいが座れそうなベンチが設置されていた。

 正面にはマリア像が据え置かれ、三人はその像の前でお祈りを済ませる。


 その後、孤児院の中を覗く。

 講堂に椅子が50ほど準備されており、前にはわずかばかり高くなっているステージが見える。

 広さは先ほどの教会よりも少し狭く、天井も低くなっていた。

 それでも、レオンシュタインは演奏できる喜びに満ち溢れていた。


 シスターは打ち合わせを済ませると、教会の裏にある自分の畑に歩いて行く。

 

 レオンシュタインは、クッキーの購入をイルマにお願いし、ティアナにはその盛りつける皿の準備を依頼する。 

 その間にレオンシュタインはバイオリンを取り出し、調弦を始めた。


 練習に熱が入り、音が響き始める。

 その音は孤児院の外だけではなく、遠くの山々まで響いていくかのようだった。


 予定時間の午前10時になると20名の子どもたちと共に、いつも教会に来ている30人の大人たちが入ってくる。

 小さな孤児院の椅子は全て埋まり、シスターは追加の椅子を後ろにいくつか準備する。

 会場に入ってくる子どもたちに、イルマは元気な声で呼びかける。


「ここからお菓子を持っていってね」


「やったあ」


 お菓子の効果は絶大で、少し暗かった子どもたちの顔がぱっと笑顔になる。

 イルマは袋に包まれたクッキーを子どもたちに手渡していく。

 ティアナは控室の中で辿々たどたどしい手つきで、子どもたちのお菓子の袋をつくっていく。

 仮面で子どもたちの前に現れることが、躊躇われたのだった。


「ねえ、お姉さんはどうしてスカーフを顔に巻いているの?」


 全く悪びれない質問にイルマは苦笑いをしながら、全員にお菓子を配り終わった。


「それでは音楽会を始めます」


 シスターの宣言で、早速、音楽会がスタートした。


「みなさん、こ・こんにちは。私はレオンシュタインっていいます」


 自己紹介をしながら、レオンシュタインは子どもたちの方を見つめる。


「今日はみんなと出会えて、本当に嬉しいです。それに、自分のバイオリンを聴いてもらえるなんて。本当にありがとうございます」


 群衆の中から、ひゅうという口笛が聞こえる。

 どうやら、歓迎してもらえたようだ。

 ほっとしたレオンシュタインは、早速、説明を始めた。


「これから動物を想像して演奏するよ。何の動物か当てて」


 レオンシュタインが話すと、子どもたちは可愛らしく頷く。

 レオンシュタインは嬉しそうにフレーズを弾く。

 目の前にその動物が走り回っているようで、大人達も目を見張った。


「分かった。犬!」


「当たり!」


 犬が気持ちよく走り回っている光景が目に浮かぶ。


「じゃあ、次は」


 鳴き声が特徴的で、大人達からも答えが出てくる。


「カラス!」


「その通り」


 もう一度、レオンシュタインが弾くと、夕暮れのカラスの飛ぶ様子が目に浮かんでくる。


「すげえ。バイオリンって、いろんな音が出るんだな」


 子どもたちは、だんだん興奮してくる。

 それを見ているレオンシュタインはとても嬉しそうだ。


「では、子犬が踊っているような曲を弾いてみますね」


 演奏が始まると、目の前に2匹の子犬がじゃれ合って、走り回っている光景が目に浮かんでくる。

 子どもたちは楽しそうに聴いているが、大人はその音色に圧倒され、口が開いたままになっていた。


(レオン。すごいね)


 レオンシュタインの才能を心から信じているティアナだが、目の前の光景を目にすると、それが確信に変わる。


 演奏が佳境に入ると、子どもたちも楽しそうに身体を動かしてリズムを取る。

 それを見ているレオンシュタインはさらに美しい音を出す。

 曲が終わると、孤児院の中は大きな歓声と拍手に包まれた。


「こりゃ、すごい。子どもだけじゃない。大人の我々にとっても素晴らしい演奏だ」


 大人達からの賞賛だけではない。


「すっごく綺麗な音」


「音楽ってこんなに楽しいんだ」


 子どもたちの輝く笑顔を見て、レオンシュタインは嬉しくてたまらない。


「じゃあ、次はみんなが知っている歌『提灯ラテアネ提灯ラテアネ』を弾きます。一緒に歌ってくれるとうれしいな」


「分かった!」


提灯ラテアネ提灯ラテアネ、お日様、お月様、お星様~」 


 聖マルティヌスの日を思い出すのか、みんな大きな声で歌う。

 孤児院の屋根が震えるくらい大きく歌えたのだった。


「すごい。みんな上手だね! 提灯を持って歩いているところが目に浮かんだよ」


 レオンシュタインは、とにかく褒める。

 別に意識してそうしている訳ではなく、心から思っているので自然に出てしまう。

 子どもたちは、こんなに褒められることはなかったに違いない。

 それを見て、シスターはずっと涙をぬぐっていた。


 そのあと、みんなが知っている童謡を2曲弾き、30分が経過したところで、レオンシュタインは休憩を宣言した。

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