第28話 嫁 イルマの剣

 王国歴162年9月9日 9時頃 北側に伸びる街道上にて――


 左右が荒野に挟まれる中、街道は真っ直ぐにその白い道を伸ばしている。

 有名なリンデンブルガーの荒野がすぐ近くにあるらしい。


 ゆっくり歩く3人の前方にいた旅人風の3人組が、突如剣を抜き、こちらに走ってくる。

 間違いなく一般人を装った盗賊だとイルマは判断する。


 イルマは盗賊に向かって素早く走り寄り、剣を抜く。

 ガンガンと大きな金属音が響いたかと思うと、盗賊の剣が空中に跳ね上がっていた。

 レオンシュタインが気付かないほどの速さで、イルマは剣を振るったのだった。


「何だあ?」


 盗賊のリーダーらしき男が声を上げながら、さらに迫ってくる。

 けれどもイルマは動じず、剣を一閃いっせんさせた。

 ガギンという甲高い音がして、盗賊の剣が根元から折れ、空中を舞っていた。

 イルマは盗賊の喉元に剣を突きつける。


「物盗りか? それとも命を狙ったものか?」


 眼がギラッと光り、容赦しないという気持ちが込められる。


「あ、……金が欲しかった」


 そこまで聞くと刀のつかで3人を殴り、気絶させてしまった。


「全く、幸先が悪いな」


 イルマは件を鞘にしまうと、3人を紐で縛りながら毒づいていた。


「誰も傷つかなかったんだ。幸運だよ」


 レオンシュタインは笑顔でイルマをねぎらいながら、盗賊に近寄り、手を後ろ手に縛り上げる。


 イルマは頓着せず、


「そっか。じゃあ良かった」


 と、笑顔で答えながらレオンシュタインの手伝いをする。

 盗賊の3人は、ピルネ方面からやってきた警邏隊に引き渡し、治安協力金の銀貨3枚を受け取った。


「しばらくは美味しい物が食べられそうだ」


 屈託無く笑うイルマを見て、レオンシュタインたちも、つられて笑ってしまう。

 視線を前に向けると、真っ直ぐな街道は馬車の車輪で草が生えず、白い土がむき出しになっていた。

 そのわだちと轍の間は、草が膝まで生い茂り、道のずっと先まで続いている。


「この道が王都まで続いている」


 レオンシュタインが立ち止まって、王都に思いを馳せる。

 王都までは徒歩で1ヶ月程度の行程で、馬車でも2週間はかかると宿の主人から聞いている。

 今のところ、自分たちにとって歩く以外の方法はなかった。


「のんびり行きましょ」


 ティアナはそう言うと、袋から赤い林檎を3つ取り出した。


「まずは、腹ごしらえです」


 二人に林檎を手渡し、イルマは豪快に、レオンシュタインは上品にかじる。

 ティアナはそれを見ながら、自分も小さくかじり、美味しさに口元が緩む。

 酸っぱさと甘さが絶妙なりんごの味が緊張を解いていく。


 イルマは盗賊を引き渡したときに、警邏隊から宿泊地の情報を得ていた。


「リンベルクに行くためには、一泊目がキースバッハ、二泊目がミルブルクというのがセオリーらしいね」


 次の町キースバッハまでは、大人の脚で5時間という情報から考えると、午後3時頃には着きそうだった。

 3人は見通しが立ったことに安堵する。


「あの、ここで3時間、練習をしたいんだけど」


 レオンシュタインは右手を挙げながら、控えめに主張する。

 この荒野の中で演奏することに興味がわいたようだった。


「レオン様の思うままに。夕方には町に着きそうですし」


 ティアナは屈託無く答える。

 

「主のいいように。私も練習する」


 とイルマも、すぐに賛同した。

 荒野の中でレオンシュタインはバイオリンを取り出し、顎の下にバイオリンを挟む。


「この寂寥せきりょうな風景にはエッフェンベルクの「魔の山」が相応しい」


 バイオリンの調べが荒野に響き渡る。

 剣を振っていたイルマだが、次第にレオンシュタインの音に引き込まれていた。


(こんなにすごいのか)


 圧倒的な曲想とテーマが際立っている。

 音楽にそれほど興味の無いイルマでさえ、レオンシュタインのバイオリンの凄さが伝わってくる。

 そのため、近くに座る石を見つけ、剣をしまって演奏を聴くことにした。

 ティアナも素晴らしい音色に感動しつつ、自分の魔法力のアップに余念がなかった。


(おばあさんは、術者より魔力が高ければ大仮面が取れると言ってた。じゃあ、私が父様より高い魔力を身につけるしかない)


 光球の呪文を唱えると、目の前に50cmほどの光る球が浮かびあがる。

 これを1mまで大きくしたい。

 今はまだ無理だが、絶対にそれをやり遂げてみせるとティアナは意気込んでいた。


(さあ、今日は60cmに拡大)


 その瞬間、身体全体に負荷がかかり、力がどんどん抜けていくのが分かる。

 倒れそうになるのを必死でこらえる。

 荒野の向こうの山を見つめながら唇を噛みしめ、そのままの状態を維持しながら魔力を調節する。


(魔力がなくなったら大変)


 さっきの盗賊はイルマが倒してくれたけれども、これからの戦闘では魔法使いがいないとも限らない。

 自分も戦えるようになりたいと考えながら、練習に励むティアナだった。

 

 3時間はあっという間に過ぎ、3人は簡単な昼食をすませて、また歩き始めた。

 荒野はずっと遠くまで続いていたけれど、道は少しずつ整備されている。

 緑の草の部分が少なくなり、固められた白黄色の部分が多くなってきた。


 イルマは先頭を、その後ろにレオンシュタイン、最後尾はティアナという隊列を維持して、ひたすら歩く。


「レオン、痛みはない? 無理は絶対にダメだよ」


 ティアナが脚の調子を心配してくる。

 その言葉にレオンシュタインは感謝する。


「ま、悪いときには、私が背負うよ。妻の役目でもあるしな」


 イルマが答える。


「全然違うけど」


 レオンシュタインが軽く突っ込みながら、会話は続く。

 やがて遠くにキースバッハの門が見え始めるのだった。

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