第27話 旅立ちは3人で

 王国歴162年9月9日 朝 スコップ亭の前にて―― 


 ついにスコップ亭を離れる日がやってきた。

 ピルネの街についてから、もう6日が過ぎようとしている。


「本当にお世話になりました。」


 レオンシュタインが、お礼を述べる。


「おかみさん、本当にありがとうございました」


 ティアナの目には涙が浮かんでいた。

 おかみさんは涙が頬を伝って流れるほどだ。


「ティアナちゃん、ずっといてほしかった」


 この宿では様々なことがあったけれど、ティアナには数多くの思い出ができた。

 旦那さんは名残惜しそうに、


「じゃあ、元気でな」


 と別れの言葉を述べる。


「いつかまた泊まりに来てね」


 おかみさんも3人に笑顔を見せながら、最後の別れの言葉を述べる。

 お互いに手を挙げて再会を約束した後、ついに一行は歩き始めた。 

 その様子を宿の2人はいつまでも見送っていた。


「旅が始まるなあ。久々だね、この感じ」


「そうですね。忘れてましたね」


 レオンシュタインがうれしそうに話し、ティアナはふふっと笑みを浮かべる。


「ついに護衛任務につくのか。気を引き締めないとな」


 イルマが物騒なことを話し始める。

 イルマのいでたちは、傭兵といった言葉がぴったりと当てはまる格好だった。

 もう少し可愛らしさがあればいいとレオンシュタインは思う。


「イルマ、よろしくね」


 レオンシュタインは笑顔でイルマに話しかける。


「もちろんだ。未来の旦那様に指一本触れさせないから、安心して」


 イルマは片目を瞑って答える。

 ティアナは不満そうに押し黙り、スカーフで仮面を隠すように巻き付ける。

 今日は我慢することに決めたらしい。


「ティアナ、行き先はリンベルクだね」


 ティアナの仮面が外れる可能性がリンベルクの教会にある。

 それに王都に行く途中にあるのだから、何も困りはしない。


「でも、レオン。無理だけはしないでね」


 レオンシュタインの足は回復したけれども、用心は必要だ。

 レオンシュタインの身体を何よりも心配するティアナは、それは絶対に譲らない。


 空にはレンズのような白い雲が重なるように浮かんでいる。

 その後ろに広がる青空がとても綺麗だ。

 話しながら歩いていると、あっという間にピルネの出口の門にたどり着いた。


 門につながる橋は眼鏡橋のようになっており、その下に見えるレグニッツァ川はゆったりと流れている。

 青緑色の水面が特徴的で、眼鏡橋の灰色と調和している。

 近くの水門は巨人で無ければ動かせないくらいの大きなハンドルがあり、水門を開けるときに使われていた。

 橋の中腹でレオンシュタインは立ち止まる。


「いろんなことがあったな」


 ティアナは同意するように頷く。

 ここで過ごした6日間は、今まで過ごした時よりも濃密な時間となっていた。


「久々に街道を歩くことになるね」


「王都に向かう道ですから、歩きやすければいいんですけど」


 レオンシュタインの脚を心配して、少しだけ声のトーンが下がる。

 門番に通行費を支払い、ついにピルネの街を後にした。

 周囲には行商のキャラバンや巡礼団が何隊も見られる。


「さすがに王都への道は賑やかだね」


 レオンシュタインはしきりに感嘆する。

 少し歩くと周囲に少しずつ荒れた草原が目立つようになってきた。

 小さな赤い花をつけた草花が群生し、野原を赤く染めている。


 荒野の木々は低く、幹がうねっており、独特の景観を作り出している。

 所々に沼が存在し、小さな昆虫が群れをなして飛んでいる。

 低い丘は大地に滑らかな盛り上がりを見せ、美しいフォルムを描いていた。


 一番印象的なのは何も生えていない白黄色の大地が見渡す限り広がっていることだった。 

 絵画のモチーフに選ばれるのも無理はないとレオンシュタインは納得する。


「この景色は珍しいですよ。ゆっくり楽しみましょう」


 そう言うティアナを遮って、


「いや。どうやら、そんなわけにはいかないらしいな」


 イルマが剣を抜いて、前方を睨んでいた。


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