第26話 その無自覚がダメなんだよ

「では、ご飯を済ませましょうか」


 ティアナの先導で、3人は下の食堂まで移動する。

 小太りの男の横に、片目で口をスカーフで隠した女と仮面をつけた女が連れ添っているので、嫌でも食堂の噂になる。


「ねえ、何だか不思議な組み合わせじゃない?」


「何というか、男に特殊性癖があるんじゃないかな」


「ダメだよ。そんなこと言っちゃ」


 言いたい放題だったが、レオンシュタインは気にしない。

 衝立がある座席に案内してもらったので、ティアナとイルマが気を遣わずに食事ができる。

 給仕がすぐにやって来た。


「レオンさん。今日はカツレツですよ」


 目の前においしそうな料理が並ぶ。


「これは豪勢ですね」


「こんな食事は久しぶりだ」


 目の前に並ぶ皿を見て、3人は歓声を上げる。

 食前酒が配られたところで、レオンシュタインが乾杯の音頭を取る。


「それでは、新たな仲間と旅の無事を祈って」


乾杯プロースト!!!」


 杯を高く持ち上げる。

 お酒を飲もうとしたとき、イルマは口の周りのスカーフをとるか躊躇していた。


(レオン、お前は何て気の利かない男なんだ)


 自責の念がレオンシュタインを襲う。


「ねえ、イルマ。パーティーのメンバーと食べるときはスカーフを取ろう。自分は気にしないし、ティアナも気にしない。約束する」


 それでも、イルマは躊躇する。

 そこは22歳の乙女なのだ。

 今までの体験が思い出されて手が動かない。

 その様子を見ていたレオンシュタインは、すっと立ち上がり、イルマの側に立つ。


「心から料理を楽しもう」


 そう言って、イルマの頬を両手でそっと触れる。

 その瞬間、ティアナは顔色を変える。


「ね、僕を見てて。僕が君の顔を嫌がっているかどうか」


 そう言うとそっとイルマのスカーフを外す。

 イルマはびくっと身体を震わせる。

 それでも、レオンシュタインの目をじっと見つめていた。


 スカーフが外れ、口元の傷が現れてもレオンシュタインの表情は変わらなかった。

 ずっと優しい眼差しが注がれているのを感じて、イルマはすっと目から涙をこぼす。


「えっ? 嫌だった?」


 イルマは頭を振って、優しく答える。


「ううん。嬉しいの。ありがとう」


 イルマの顔が輝いていた。

 ティアナはイルマの傷を見て驚いたけれども、全く顔には出さなかった。

 それよりもレオンシュタインの相変わらずの行動を見て、『かなわないなあ』とティアナは微笑む。


「じゃ、食べよう」


 レオンシュタインが宣言する。

 イルマはカツレツをフォークで口に運び、感想を口にする。


「このカツレツ、おいしい!」


「本当だね」


 イルマの言うとおり、口の中にやわらかな牛肉の香りが広がる。

 油で揚げた牛肉は、香ばしさを保っていて食欲をいやが上にも高めている。


 付け合わせのポテトも新鮮でほくほくだ。

 バターと塩が添えられていて、それをつけて食べる。

 もう、堪らない美味しさだ。


「このポテト、いくらでも食べられそう」


 ティアナの声が1オクターブ、跳ね上がる。


「いや、こっちのマッシュルームのスープも美味しい」


 スープの美味しさにイルマも驚く。

 3人は賞賛の声を上げながら、どんどん食べ進む。

 給仕は嬉しそうにその様子を眺めていた。

 周囲の客はたくさんの皿が運ばれていく様子を見て、驚いていた。


「ねえ、あのテーブル。皿がたくさん運ばれるけど、すごくない?」


「体力があるんだろうね」


「じゃあ、夜も……。あの男、そんなにすごいのかしら」


 こそこそと話す客を尻目に、3人は食事に夢中だ。

 ついに出された料理を全て平らげてしまった。


「ごちそうさま。美味しかった」


 3人は給仕にお礼を言って、チップを渡す。


「こちらこそ、美味しそうに食べてもらって嬉しいです」


 給仕が恭しく礼をする。

 とても美味しい夕食で、イルマにとっては忘れられないものとなった。

 口を怪我してからというもの、気兼ねなく食事をするのは初めてだった。


 3人は笑顔のまま、自分たちの部屋に戻っていく。

 すると、ベッドがいつの間にか3つになっていた。


「えっ?」


 レオンシュタインがびっくりしていると、ティアナが不本意といった風に答える。


「もう一部屋頼むとお金がかかるし、割り当てもうまくいかなくて」


 レオンシュタインが一人になると護衛の意味が無いし、かといって女の子が一人になると、それもまた不満が出そうだ。

 ということで、二人の女性と相部屋となったのだ。


「お金も大銅貨1枚、増えるだけだから、それもいいかなって思ったの。まだまだ、先は長いですからね。節約です」


 ティアナはきっぱりと答え、レオンシュタインとの間に衝立を持ってくる。

 昨日は無かったので、レオンシュタインは少し寂しい気がした。

 その様子を見ていたティアナは、慌てて付け加える。


「そんな、嫌だからって訳じゃないですよ、もちろん! その3人になったし……」


 レオンシュタインはうんうんと頷くしかない。

 とにかく、しばらくはこのままの生活が続きそうだ。

 そんな二人を尻目に、イルマは、


「じゃあ、身体を拭こうかな。お湯もたっぷりありそうだし。あるじ、拭いてくれる?」


 と、からかう始末だ。

 早速ティアナに叱られ、女性陣は衝立の奥に隠れていった。


「ふう」


 レオンシュタインは少しだけため息をつきながら、これからの旅に思いをはせる。

 このような展開になるとは、旅立つ前には思いもよらなかった。

 だからこそ、旅は楽しいのだろう。

 レオンシュタインは身体を素早く拭くと、すぐにベッドに潜り込む。


 城に居た頃より、今の生活の方が困難はあるけれども、比べものにならないくらいワクワクしている。


(明日も、あっと驚くことが待っているかもしれない)


 新たな旅の同行者を得て、ピルネの街は静かに暮れていくのだった。

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