第25話 許嫁VSお嫁さん 

 王国歴162年9月8日 夜 スコップ亭の食堂にて――


「説明するよ。こちら傭兵のイルマさん。旅の護衛を依頼したんだ」


 食堂でレオンシュタインは必死で説明する。

 ティアナは厳しい態度を崩さなかったが、一応話を聞こうとしている。


「僕たちには、近接戦闘ができる人が必要だろ」


 一応筋が通った話に、ティアナは少しだけ戦闘態勢を解くことにした。


「それは分かったけど、どこで知り合ったの?」


「この町の市場だよ」


 詳細を話さないように、レオンシュタインは早口で説明する。


「大男にも引けを取らない格闘ができたからさ。どうだろう?」


 レオンシュタインは説明を続ける。


「うん、分かった。でも、あんまりお金は払えないけど、それはいいの?」


「ご飯が食べられれば、それでいいよ」


 あまりの好条件にティアナがびっくりする。


「でも、結構長い旅になりますよ?」


「三食、食べられるかな?」


「だいたいは」


 イルマは嬉しそうな声を上げる。


「すごいな。こんな幸運がやってくるなんて」


「いや、そんな大げさな」


 イルマは今までの生活に思いを馳せていた。

 満足に食べられないときに、空腹を堪えながら歩いたことが脳裏に浮かぶ。

 話がまとまりそうになり、レオンシュタインは、ほっとして契約成立を宣言する。


「ありがとう。ぼくはレオンシュタイン」


「私はティアナ。よろしく」


「私はイルマ。よろしくね」


 二人と順番に固い握手をする。

 イルマの気持ちが伝わるような握手だった。

 その後、これは言っておかないと、とイルマは口を開く。


「それで、あの賭のことなんだけど」


「そ、それは無効でいいよ」


 慌ててレオンシュタインは無かったことにしようとする。

 また、話がややこしくなりそうだった。


「賭?」


 すぐにティアナが反応し、案の定、ややこしくなった。

 イルマは続けて話す。


「いや、約束は守らないといけない。それに抱きつかれて胸まで触られたんだから、責任はとってほしい」


「えっ? 胸?」


 その瞬間、仮面の奥のティアナの目がぎらりと光る。


「レオンシュタイン様、抱きついて胸を触るという破廉恥なことをされたのですか」


「いや、それは成り行き上のことで」


 厳しい口調がさらに冷たくなる。


「正直に、ね」


「えっ?」


「昼間から成り行きでそんなことをするなんて、変態なんですか?」


 そのやりとりを見ていたイルマが参戦する。


「ちょっと! ティアナさん……だっけ? レオンを責めないで!」


 ティアナはイルマの方に顔を向ける。


「レオンは私の伴侶となる人だから、私の胸くらい、どんなに触ったってかまわない」


 あまりにも、あけすけに話すイルマにティアナはたじたじとなる。


「あ、あなた、何を言っているんですか? 私は、レオンシュタイン様の許嫁です。私の方が、ずっと先に結婚の約束をしてるんです!!」


「その割には、しっくりいってなさそうだけど?」


 やれやれといったようにイルマは首を振る。

 少しうなだれ気味のティアナを見て、レオンシュタインの胸に悲しみが広がる。

 同時に、これはチャンスとばかりにティアナの味方をすることにした。


「イルマさん、私にはティアナという許嫁がいます。ですから、あなたとの約束はなかったことにしてください」


 けれども、イルマは平然として譲らない、


「でも、仲良くなさそうだった。うん。まだ、結婚したわけじゃないから、どうなるかなんて誰にも分からない」


 そう言うと、イルマは膝をパンと叩いて提案する。


「そうだ。これから旅をする中で、どっちが結婚相手にふさわしいか決めてもらうのはどう?」


「ええ?」


 レオンシュタインとティアナは大声を上げる。

 その瞬間、レオンシュタインに何かのスイッチがカチリと入った。

 レオンシュタインは少し考えてから、きっぱりと話す。


「僕は別にお嫁さんを探しに旅に出ているわけじゃない。僕は今、自分の運命と向き合ってるんだ。今の話は、それが終わってからにしてもらいたい」


「運命?」


 突然、レオンシュタインの態度が変わったことに、イルマは驚きを隠せない。


「そう運命だ」


 そう言うとレオンシュタインは自分たちが旅に出ている理由を簡単に説明した。

 自分が伯爵家の三男であることも告げる。


「生きて帰れるか分からないし、帰ったところで領地があるわけでもない。ついてくるのはいいけれど、僕だって何の保障もないんだよ」


 そういってベットの端に腰掛ける。

 安っぽいベッドがギシッと音を立てた。


「だから、今は自分の旅が終われるように全力を尽くしたいんだ」


 手を口の前で結び、レオンシュタインはそのまま黙ってしまった。

 部屋の中に静寂が訪れる。


「……そっか。分かった。じゃあ、さっきの賭は保留にする」


 イルマが小さな声で話す。


「でもね」


 イルマはレオンシュタインを見ながら、意を決したように話す。


「人を好きになるのは自然なことでしょ? その気持ちはずっと持ったままでいるけど……いい?」


「勿論」


 レオンシュタインは、ほっと胸をなで下ろす。


「レオン様のお世話は私がします。これは譲れません」


 ティアナはきっぱりと意見を伝える。

 イルマは若干不満そうだったが、しぶしぶ承知する。


「じゃあ、これからよろしくね」


 レオンシュタインが終わりを宣言して、この場は何とか収まった。

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