第24話 お嫁さんは用心棒

「あのさ、とにかく、さっきの賭はなしにしてもらわないと」


「なんで?」とイルマは首をかしげる。


「なんでって……」


 結婚云々を別にすると、悪くない話だ。

 近接戦闘のできるイルマがいると、旅も安全になる。

 あれこれと考えていると、寂しそうにイルマが話してきた。


「本当は迷惑なんだね。こんな目や口に傷のある女に言われても困るよね」


 行儀良く手を膝の上に置いたまま、イルマは空を仰ぐ。


「私みたいな女は、さっきのボッズみたいな男の娼婦として生きるしかないのかな」


 その瞬間、レオンシュタインの声に怒りがこもる。


「全然迷惑じゃないよ! 娼婦だなんて、自分に価値がないみたいに言うな! 誰だって、毎日、懸命に生きている人は美しいよ。自分で自分をおとしめるようなことは……」


 その瞬間、レオンシュタインは、我に返って恐る恐るイルマの方に顔を向ける

 祈るような手つきと熱い眼差しをしたイルマが、自分の話を食い入るように聞いている。

 レオンシュタインは頭から、さあっと血の気が引くのが分かる。


「え……だから、自分は……大切に?」


 しどろもどろになるレオンシュタインとは対照的に、イルマの顔は光り輝いていた。


「あ、ありがと。私、そんなこと言われたの生まれて初めて」


 そう言うとレオンシュタインに前から抱きつき、背骨がミシミシ音を立てるくらい、がっちりとホールドされる。


「これから、ずっとよろしくね」




「と、とにかく! 一旦、離れて!」


 身動きのとれないレオンシュタインは、ようやく声を振り絞る。

 はっとしたようにレオンシュタインを離したイルマは、「ご、ごめん」と謝罪を繰り返す。


 その謝る姿と必死な目を見たレオンシュタインは、もう駄目だとは言えなくなっていた。

 

「僕たちの用心棒はどうだろう?」


「用心棒?」


 レオンシュタインはベンチに座り、今までの旅のことをイルマに掻い摘んで説明した。


「旅に同行してくれる用心棒が必要だったんだ。だからイルマさんについて来てもらえたらって」


 全部を言い終わる前に、イルマは一緒に行くことを即答する。


「そうすれば、ご飯も食べられるし、あるじの側にもいられるってわけでしょ。断るはずがないよ」


 片目をつぶり、明るい声で答える。

 あるじというキーワードが気になるけれど、そこは聞かなかったことにする。


「じゃあ、これから宿に行こう。旅の仲間を紹介するから」


 そう言って立ち上がり、二人は宿に向かって歩いて行った。

 水車が見えなくなると旧市街に入り、雑踏の音が水車の音に取って代わる。


 いきなり旅のメンバーが増えることをティアナにどう説明したらいいだろう。

 イルマはおとなしくレオンシュタインの後をついてくる。

 いい考えは浮かばないまま宿の前まで来ると、見慣れた女の子が入り口の前で、仁王立ちのまま待っているのだった。


「レオンシュタイン様、この方はどなたですか?」


 朝の機嫌の良さは、すでになりを潜めていた。

 無理もない。

 いきなり見知らぬ妙齢の女性を連れてきてしまったのだ。

 『レオンシュタイン様』呼びという最悪のスタートにだ。


「あ、あの、元傭兵のイルマさんっていうんだ。その……」


 どう説明するか決まらないうちに、イルマが代わりに答えてしまう。


「初めまして。私はイルマ。レオンの妻になる元傭兵です。よろしく」


 イルマの笑顔とは反対に、ティアナの周囲に黒い雲が広がっていく。


「レオンシュタイン様、これはどういうことですか?」


「え……いや、妻なんかじゃないよ」


「正直に、ね」


 ティアナの身体全体が黄色い光で包まれ始める中、それを全く気にせずにイルマは話を続ける。


「恥ずかしいけど、もう公衆の面前で抱きしめられて……」


「言い方!! ちょっと違うでしょ!」


 ドスンと大きな音がして、レオンシュタインの前の石畳が黒く焦げる。


「ティア! 落ち着いて、ぼくの話を聞いて!」


 感電させられたら目も当てられない。

 ティアナの肩に手をかけ、目をしっかりと見つめる。

 その瞬間、はっとティアナは落ち着きを取り戻し、身体を覆っていた黄色の光も収まっていく。


「じゃあ、レオン。説明してくれる?」


 ほっとして訳を話そうとするレオンシュタインの前に、イルマが割り込んでくる。


「ねえ、あるじ。他の女の子に触るなんて。触るなら私だけにしてほしい」


 そう言ってレオンシュタインの手を両手で握りしめる。


(声にならないレオンの悲鳴)


 その瞬間、ティアナの怒りは頂点に達し、レオンシュタインは感電したままその場に立ち尽くすのだった。


(やっぱり、こうなるのか……)

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