第2章 謎のおばあさんと女の傭兵
第17話 まさかの同室
王国歴162年9月4日 夕方 ピルネの町にて――
街に入ると、二人はビコーから教えられたスコップ亭を目指す。
教えてもらった通り、宿は遠くに見える市庁舎のすぐ隣にあり、迷うことなく辿り着くことができた。
受付でビコーからの紹介だと告げると、すぐに食堂へ案内される。
食堂にはテーブルが6つ備えられており、レオンシュタインたちは窓際の席を選ぶ。
2人が席に着いてしばらくたつと、厨房の方から肉を焼いている匂いが漂ってきた。
すぐに山盛りのソーセージが付け合わせのザワークラウトととも大きな皿に添えられてくる。
フォークでソーセージを突き刺すと、プツン、パツンという音がする。
脂があふれ出て、二人は急いで口へと運ぶ。
「ん~!!」
「これは、おいしい!」
二人は賞賛の声を上げながらソーセージと格闘する。
噛んだ瞬間に、ブリンとした弾力を感じ、口の中に肉汁が溢れる。
他にもトマトのサラダが運ばれてきて、その新鮮な赤色が食欲をそそる。
口の中に入れた瞬間、トマトの香りが油臭さを吹き飛ばし、酸っぱさが口の中に充満する。
素晴らしい夕食に舌鼓を打ちながら、明日からの行動について打ち合わせる。
「この近くに施療院があるって聞きました。明日はそこで治療しましょう」
ティアナはそう決めると、フォークの横に置いてある赤ワインに手を伸ばし、コップに注ぐ。
口に含むと、葡萄の瑞々しさが残っているような味だった。
「それと、泊まってる間、皿洗いをしようと思うんです。ルイーズさんが紹介してくれたはずなので」
レオンシュタインも赤ワインに手を伸ばし、乾杯をして感謝の気持ちを表した。
「いいの。そのためについてきたんだから」
ティアナは屈託無く答え、二人はしばらく赤ワインを楽しみながら、これからのことについて相談した。
しばらくこの宿に逗留すること、脚の回復を図ること、ティアナがここで働くことが決まる。
食事が終わると、二人はすぐ部屋のある二階に向かった。
ようやく屋根のあるところで眠れる嬉しさに、階段を上がるときにトントンと音を立ててしまう。
レオンシュタインは部屋の前に来ると、別室に行くティアナにおやすみを言おうとする。
ところが、それより先にティアナが部屋の中へ入って行った。
見るとベッドが2つ置かれている。
「ここはティアの部屋?」
レオンシュタインが慌てて尋ねる。
「一部屋しか空いてないって言わなかった? さ、早く着替えましょ。もう寝る時間ですよ」
ティアナは何でもなさそうに話し、ベッドに荷物を下ろす。
自分が意識しすぎなのかと考え、レオンシュタインもすぐに服を脱ぎ始める。
ティアナは慌てて後ろを向くと、上着から脱ぎ始める。
それを見たレオンシュタインも、ぐるんと反対側を向くと素早く服を着替えるようにした。
ティアナも電光石火の早さで着替えると、すぐにベッドに潜り込む。
「ああ~。久々のベッド~」
うれしそうなティアナの声を聞きながら、レオンシュタインもベッドに潜り込む。
太陽の匂いのするシーツが嬉しい。
気がつくとティアナはあっという間にすうすうと寝息を立てている。
レオンシュタインは部屋の灯りを消し、ピルネの夜が静かに過ぎていくのだった。
王国歴162年9月5日 ピルネの宿屋にて――
翌朝、レオンシュタインはまぶしさで目が覚める。
ティアナが窓を開け、太陽の光が差し込んできたのだ。
「おはよう、レオン。ゆっくり眠れた?」
目がくらんだレオンシュタインに視界がゆっくりと戻ってくる。
窓の外には、市場が立ち並び、人々の喧噪も聞こえてくる。
遠くには、屋根が緑青色の教会が5つほど見える。
「おはよう、ティア」
あくびをしながら、レオンシュタインは頭を枕に戻してしまう。
昨日、ゆっくりと眠れなかったのだ。
一つ屋根の下で女の子と同室というのは、どうしたって意識する。
別々の部屋にするか、あれこれ考えながら、レオンシュタインの瞼が降りてくる。
「朝ご飯、もう下に準備してるそうですよ」
レオンシュタインの服を手際よく畳みながら、ティアナは答える。
けれども、ティアナが小さなあくびをかみ殺しているのをレオンシュタインは見逃さない。
「ティア。もう少し眠りたいんだけどいいかな?」
「はい、そうしましょ」
レオンシュタインは再びベッドに潜り込み、潜った瞬間に動きが止まり、大きないびきが聞こえてきた。
ティアナは、しばらく片付けをしていたけれど、やがて小さなあくびをすると、ベッドの中に戻っていった。
レオンシュタインが目を覚ましたのは夕方だった。
ティアナは、横でまだ寝息を立てている。
起こさないように注意を払いながら、レオンシュタインはバイオリンのケースを掴む。
部屋にあった小さな黒板にチョークで、「一番近くの教会、川沿いで練習、レオン」と書き、そっと部屋を出て行った。
近くの教会の側を川が流れており、音を立てずに流れていた。
辺りには人影が見えず、練習にはぴったりの場所だった。
空を見上げると、無数の星が瞬いていて、その荘厳さにレオンシュタインは感動するのだった。
すっと星が流れ、また静寂が広がり、その営み全てがレオンシュタインには好ましく映る。
その静寂を破らないように、バイオリンを取り出すとピアニッシモで練習を始める。
街の匂いを感じながら、レオンシュタインはバイオリンを弾き続ける。
何時間たったろうか。
遠くから聞き慣れた足音が近づいてきた。
少し慌てたような声でティアナが名前を呼ぶ。
「やあ、きたね」
穏やかな声でレオンシュタインは答えつつ、演奏を中断する。
ティアナは近くのベンチに座り、鑑賞することに決める。
レオンシュタインは川を眺め、また旋律を奏で始めるのだった。
宿に帰った二人を、宿の主人は優しく迎え入れる。
「本当は、夜に出かけるなんて勧められないんだが。ビコーの知り合いなら、今回だけはよしとするよ。ただ、次からは控えた方がいいよ」
「はい」
神妙になる二人をよそに、
「じゃあ、飯は食堂に置いてあるから食べて」
手をひらひらさせて、主人は向こうに行ってしまった。
二人は誰もいない食堂で、用意されている小さなパンと野菜のサラダ、サラミ、卵料理に舌鼓をうつ。
二人は食事を済ませるとすぐに部屋に戻っていき、布団に潜り込む。
今日はどちらも、すぐに眠りにつけそうだった。
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