第16話 はい、あ~ん
王国歴162年9月4日 朝 ピルネ近くの草原 キャラバンが出発する寸前――
「ティアナちゃん。これ餞別。いつかまた、会おうね」
渡された銀貨をぎゅっと握り、ティアナはルイーズを潤んだ瞳で見つめていた。
「ルイーズさんも、お元気で」
その瞬間、ルイーズはティアナを抱きしめ、ビコーは出発を宣言する。
ついに、二人とお別れなのだ。
「ここで見送って、ティアナちゃん。私、泣いちゃうから」
そう言うと、ルイーズは小さく敬礼して、走り去っていった。
「行っちゃったね」
一行が見えなくなるまで、二人は手を振りながら、その場で見送るのだった。
空を見上げると遮るものが何もなく、気温もどんどん上がっている。
町に向かって歩くにつれて、多くの牧場を見かけるようになった。
馬が気持ちよく走っている姿は見ていて美しい。
小さな家も多く立ち並び、壁に赤や黄色の花が飾られ、街道を明るくするのに一役買っていたのだった。
木組みの家は白壁で統一されて、太陽の光によく映える。
街道は相変わらず石畳がきちんと敷き詰められていた。
ただ、この道がレオンシュタインには辛い。
「やっぱり足が痛いんだね。ダメだよ。無理しちゃ」
すぐにティアナがそばに寄って来て、腕を自分の肩へとかける。
けれども、レオンシュタインの重さを支えるには、ティアナは軽すぎた。
それでもティアナは足を踏みしめ、震えながら大地に立つ。
「ね、私、力が強いのよ。知ってるでしょ!」
仮面の下の口角が上がり、こうなるとティアナはテコでも動かない。
優しさと強さを兼ね備えた女の子なのだ。
なるべくティアナに重さがかからないようにレオンシュタインは体重のかかる足を調節しながら歩く。
「無理をしないように歩きましょ」
すでに大汗をかいているティアナだが、明るく元気な声は変わらない。
こんな時、雨でも降って、気温が下がって欲しいと思うのだけれど、空は悔しいほどに青かった。
時々、川のそばに行って脚を冷やす。
その時だけは二人ともホッとする。
レオンシュタインは両足を水につけて冷やし、ティアナは頭から水を浴びて、頭や肩を冷やしていた。
大分西の方へ太陽が移動したが、光はジリジリと皮膚を焼いてくる。
濡れた髪を整えながら、ティアナはレオンシュタインに向かって脚の具合はどうなのか尋ねていた。
痛いことは痛いけど、歩けないほどではないとレオンシュタインは話す。
「林檎、食べましょ。冷やしておいたんだ」
水の中から林檎を2つ取り出し、ティアナは布で水滴を拭き始めた。
そういえば、レオンシュタインは朝から痛みのためにあまり食欲がなかった。
やんわりと断るもののティアナは聞き入れない。
「食べましょう。倒れてしまいます」
そういうが早いが小さなナイフを取り出し、すぐに6つほどに切り分け、その中の1つを掴み、レオンシュタインの口元に運んでくる。
「はい、あ~ん」
恥ずかしくて思わず首を反対側へ向けたレオンシュタインだったが、ティアナは容赦しない。
さらにそばに寄って来て、下から覗き込むように、「ど、う、ぞ!」と無理やり口に当ててくる。
ため息をつきながらりんごを頬張ったレオンシュタインだったが、シャキッとする食感が心地よかった。
「うまいね!」
「でしょ」
ティアナも一切れを頬張りながら、全身で『全部食べて』のオーラを出してくる。
レオンシュタインは諦めて、ゆっくりと咀嚼し、全て食べてしまった。
風が頰を撫でるくらい、少しずつ強く吹き始め、夏草の匂いも強くなってきた。
そろそろ出発しても良い頃だ。
近くに落ちている木を物色していたレオンシュタインは、ちょうどいい長さの枝を探し当てて杖を作る。
これでティアナへの負担が減るだろうと、レオンシュタインはほっとする。
「さっ。街へ急ごう」
「はいはい」
ティアナの肩を使わないことで、ティアナの負担はぐんと減った。
進む速さもまあまあで、無理をしなければかなり歩けるはずだ。
一番星が見え始めるころ、ようやく街の門が遠くに見え始め、二人とも顔を見合わせ喜んでいた。
「おいおい、兄さん。大丈夫か?」
後ろから2人組が心配そうに声をかけてくる。
ゾイラックのことを思い出したティアナは、デジャビュから親切な人だろうと考えたが、レオンシュタインは厳しい顔のままだった。
優しい言葉で肩を貸そうと、二人組は提案してきた。
「いえ、大丈夫です。お構いなく」と、にべもなく断ったレオンシュタインだったが、二人組は全く気にしていなかった。
「遠慮しなくていいよ。旅は道連れって言うからさ」と善良そうな表情で二人は話し続けていた。
謝礼の相談をすると言って二人から距離を取ったレオンシュタインは、見えないようにバックから青色の小瓶を取り出した。
そっとティアナに渡すと、分かったという風にティアナは薬を飲み干していた。
「声に嘘を感じるんだ。悪い人たちだと思う」
そんなレオンシュタインの方へ、先ほどの男が近寄ってくる。
「どうした? お金のことなんて心配いらないぞ」
そう言って、レオンシュタインの肩に手を回した手にナイフが握られていた。
「お金は全部もらえれば、それでいいよ」
レオンシュタインの首にナイフを向けようとした瞬間、
「ぐあ!」
手に雷の矢が突き刺さり、ナイフがガチャンと地面に落ちる。
レオンシュタインは男を突き飛ばし、足を引きずりながらティアナの方へと向かう。
悪態をつきながら、男たちはショートソードを抜いていた。
ティアナは容赦なく追加の『雷の矢』を放ち、男たちの手からショートソードを落とす。
さらに詠唱を強めると、大きな雷がティアナの上に光り始め、つんとした空気が辺りに充満し始めた。
「に、逃げろ!」
「覚えてろよ!」
そういうと賊は全速力で逃げ去り、ティアナは詠唱を止めて安堵の溜息をつく。
安心した二人は町の門に向かって、歩き始める。
大きな門がどんどん近づき、二人はついに最初の町ピルネに到着したのだった。
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