第15話 レオンの正体

 王国歴162年9月3日 夜半 キャラバンの焚き火近くにて――


 キャラバンの夕食会場は、ちょっとした喧噪に包まれていた。

 突然、妙齢の少女が泣きながら走ってくるのは、よくある? 話なのだが、その少女が見たこともない美少女のため話がややこしくなっていた。

 しかも、あの黒い仮面のティアナと同じ格好だ。


 でも、巡礼者たちは手のひらを返したように、気にせず話しかけていた。


「お嬢さん、なぜ泣いているのか訳を教えてくれますか?」


 心配を装って群がってくる。


「はいは~い。傷心の女の子に近寄らない!」


 寄ってくる男たちを、ルイーズが蝿を追い払う仕草で遠ざけていく。


「巡礼団の一行なのに欲望がありすぎる。この前まで散々嫌がらせをしてた癖に!」


 呆れ顔でため息をつくビコーの嘆きももっともだ。

 ティアナに寄り添っていたルイーズは、あまりの変化に本人かどうか確信が持てない。


「ティアナちゃん……だよね?」


 黙ってティアナは頷く。

 そして、涙を拭いてルイーズを見上げ、自分だと微笑んだ。

 同性でもドキッとしてしまうほど魅力的な顔立ちに、ルイーズは戸惑いを隠せない。

 少し離れているビコーも、並外れた容姿から目を離せないでいた。


「ルイーズさん、レオンに何かされたわけじゃないんです。じゃなくて」


 その後をどう続けたらいいのか、ティアナは口ごもる。

 言いにくいというか恥ずかしい。

 迷っている様子を見て、大人のルイーズは事情を察する。


「ま、いいことがあったんでしょ」


 片目でウインクする。

 頬を染めて恥じらうという初々しい反応に、さらにからかいたくなるルイーズだが、周囲を見回し別のことをアドバイスする。


「ティアナちゃん、顔、すぐ隠そうか」


 男たちの視線を遮るようにティアナの前に立つ。


「目立ちすぎると、悪いことも引き寄せちゃうからね」


 スカーフをぐるぐる巻きにすると、ティアナから発していたオーラがようやく収まった。


「しかし、驚いたな。仮面の下は美少女だなんて少年文芸(少年誌)みたいだな」


 参ったというふうに手を上げたビコーは、そうだろという同意を求めてルイーズの方を向く。

 焚き火の中の薪が、崩れてガサッと大きな音を立て、パチパチと焚き火の上に火花が散る。

 枯れ枝の焦げた匂いが周囲に広がっていた。


「で、レオンくんはどうしたの?」


「もう来る頃だと思うんですけど」


 そう言いながら、ティアナは下を向く。

 そのとき、ガサガサと音をたてレオンシュタインが茂みの奥から現れた。


「あら、レオンくん。練習は終わったの?」


「はい。あ、ティアもいたのか」


 ティアナはさらに下を向く。

 さっきのことを思うと、レオンシュタインの顔をまともに見られない。

 けれども、レオンシュタインは気にせず近くに座る。


「レオンくん、お疲れ様」


 ルイーズがやさしく迎える。

 レオンシュタインは吹っ切れたように笑顔が明るい。

 沈黙した4人を、焚き火のぼんやりとしたオレンジ色が優しく包む。


「で、レオンくん。どうして、ここに絶世の美少女が現れたのかな?」


 ウインクをしながらビコーが尋ねる。

 先ほどあったことをレオンシュタインは掻い摘んで説明していた。


「魔力が切れる寸前になって、仮面が消えた」


 独り言のようにレオンシュタインは話す。


「ティアナの仮面は、魔力で作られたものだと思います」


 レオンシュタインは断言する。

 誰がそんなことをしたのか、ルイーズは首をかしげながら尋ねる。


「ティアナの父親ですね。高名な魔法使いでしたから」


「ふうん。父親がねえ。なんで、そんなことをしたんだろう?」


「それは私にも分かりません」


 レオンシュタインの方に手を向けながら、ビコーは疑問に思っていることを問いかけていた。


「で、あんたは何なんだ?」


 魔法使いがいる家など、多くはない。

 隠しても無駄だと悟ったのか、レオンシュタインは正直に打ち明けることにした。


「私の名前は、レオンシュタイン・フォン・シュトラントと言います」


「伯爵家の三男だな」


 新しい薪を焚き火にそっと置きながら、ビコーは伯爵家の系図を思い出していた。


「すいません。隠してたわけじゃないんですが」


「いいさ。分かってたら困ったことが起こったろうし」


 ビコーが黙ると、ルイーズがそれに続ける。


「でも、伯爵家の三男が何で二人で旅行をしてるの?」


 興味津々といった風に、ルイーズは聞いてくる。

 相続で何も貰えなかったこと、体よく城から追い出されたことをレオンシュタインは隠さずに伝えていた。


「ひっどいもんだね。別に追い出さなくてもいいじゃない。ねえ」


 憤慨したルイーズは、ビコーの方に顔を向けながら同意を求める。

 好意に感謝しつつ、レオンシュタインは会話の方向を変える。


「ピルネの街まで、あとどれくらいですか?」


「そうだな。明日の昼には着くさ」


 焚き火からパチパチと小さな火花が立ち上り、空中に舞い上がる。


「なあ、レオンくん。一緒に歩くのはここまでだ」


 ビコーが優しい口調で伝える。


「そうね」


 ルイーズも同意する。


「心苦しいけど、巡礼団にいるのが美少女だと、いろいろ差し障りがある」


「ごめんね」


 レオンシュタインは頷いていた。

 籠に入っていた青色のビンを取り出すと、ルイーズは魔力を回復させる薬だと言いながらティアナに手渡した。

 それを受け取ったティアナは、そっと地面に置くとルイーズに抱きついた。


 その頭を優しくなでたルイーズは「本当。もっと一緒にいたかったね」と泣き顔を隠さなかった。

 泣きながら、うんうんと首肯するティアナは、相手の胸に頭を押しつける。


 ビコーに右手を差し出したレオンシュタインは、がっちりと握った手に感謝の意を込めていた。

 二人が立って見守る中、ビコーとルイーズは後ろを振り返りながら、自分たちの寝床へ戻って行くのだった。

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