第14話 自分のことダメって言うな!

 身体全体がティアナの言うことを肯定していた。

 ただ、レオンシュタインの積もった感情がそれを許さず、怒りを表すことしかできなかった。


「もう俺を一人にしてくれ!!」


 自分を拒絶するレオンシュタインの言葉に、ティアナの怒りは頂点に達した。


「ふ、ざ、け、ん、な~」


 ティアナの右ストレートがレオンシュタインの左頬に炸裂する。

 レオンシュタインは、その場から2mほど後ろにふっとばされる。

 殴られた左頬をさすりながら、びっくりしてティアナを眺める。


「えっ? ティア?」


 ティアナの目は怒りと哀しみで満ちていた。

 身体全体から雷光が走り、レオンシュタインの前で仁王立ちになる。


「レオン。くだらないこと言ってんじゃないわよ! あんたこそ、顔が全てだって思ってない?」


「えっ? そんなこと」


「相手がバカだ、間違ってるって、何で思わないの?」


 レオンシュタインを指差しながら、ティアナは言葉をつなぐ。


「貴方は、物語に出てくる美形の王子様じゃない。でも、それが何? あんたの価値って顔なの? 顔なのかって言ってんのよ!!」


 レオンシュタインの顔が少しずつ前を向き始める。


「ごめんなさい、レオン。でも、でも」


 ティアナの頬には幾筋もの涙が流れていた。

 それを拭おうとせず、ひたすらレオンシュタインに訴えかける。


「私は貴方の許嫁……いい?」


 ティアナはレオンシュタインの両頬を掴み、顔をさらに近づける。

 世界がレオンシュタインを否定したことを本気で悲しみ、怒っていた。


「こんな美少女? が、貴方の側にずっといるんだよ。どう思ってんの? も、もし、貴方が脱げって言ったら、全部脱いじゃうんだからね」


 そう言うと、いきなり上着を脱いで、肌を露わにする。

 それでも、ティアナは気にしなかった。


「たくさんの人が貴方のことを嫌いって言っても、それと同じくらい好きって思う人間が絶対いるのよ」


 ティアナは一息ついて、言葉を続ける。


「レオン、闇ばかりを見つめないで。光があなたを照らしてるのに、それに気付かないふりをするのは止めてよ!」


 子どものように大声で泣くティアナを見つめながら、レオンシュタインはその場に立ち尽くした。

 

 今まで自分をダメだと思っていたのは、結局、自分自身だったことに気付く。

 そうだったんだなと思いながら、レオンシュタインはゆっくりと立ち上がる。


「ティア、ありがとう」


 いつもの穏やかなレオンシュタインを見て、ティアナはほっとする。

 同時に狂乱の熱も下がってくる。

 ティアナは冷静に自分を見つめ直すと、ほぼ半裸の状態で、大泣きする女。

 しかも、何でこんなことを大声で? と急に恥ずかしくなったティアナは、別感情の大声を出す。


「ああああああああああ!」


 めちゃくちゃ速い動作で、ティアナは肌を上着で隠す。


「忘れて!!! 今のこと、全部忘れてえ!!!」


 静かな沼にティアナの声が木霊する。

 遠くまで響くソプラノの声だ。


「私はもう行く!」


 行きかけたティアナは、一瞬レオンシュタインの方を振り返る。

 松明は二人を照らし、その空間は物語の一場面のようだ。

 ティアナは顔が光で包まれているように輝き、右手でガッツポーズをする。


「自分のことダメって言うな! レオンシュタイン!!」


 レオンシュタインはその場に立ち尽くしたまま、ティアナを見つめていた。

 こんなにティアナに責められる理由は、イマイチ分からないけれど、全力で自分を思ってくれる気持ちは十分に伝わってきた。


 太陽が沈み、西の方角はオレンジ色で覆われる。

 沼の上にオレンジと藍色が混ざり合った景色が広がり、少しだけ昼間の草の匂いが残っていた。


 レオンシュタインは、ようやく悪夢から目覚めたような気持ちになる。

 思い切り空気を吸い込み、大きな声で呼びかける。


「ありがとう! ティア!!」


 ティアナはレオンシュタインの声が聞けたことで、ようやく安堵し、晴れやかな顔になる。


「先、行ってるから!」


 そう言うと、全力で沼から走り去っていった。

 羞恥のために顔は真っ赤だが、顔全体に嬉しさが溢れていた。

 夕暮れの光を眺めながら、レオンシュタインはずっとその場から動けなかった。


「青春だねえ」


 木の陰に隠れていたビコーは、照れながら呟く。

 この年代にしか分からない、大切なものを彼らは持っているんだなと考えながら、ゆっくりとその場を立ち去るのだった。


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 アナ「解説のちくわさん いい右ストレート、入りましたね~」

 解説「そうですね。レオン選手、脚に来てますよ」


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