第12話 これって、私?

 王国歴162年9月3日 ピルネの町に近い街道そばの野営地にて――


 城から出て3日目。

 疲れが取れない中、レオンシュタインとティアナは、のろのろと寝床から起きてくる。

 朝食もそこそこに、ビコーの巡礼団は出発しようとしている。

 休みたいとは言えないが、あくびが止まらない。

 今日はティアナの黒い仮面が目立たないように、頭にスカーフを巻き付ける。


 そのため、ティアナに対する嫌がらせはなかったが、レオンシュタインが困ったことになってしまう。

 その1つが、騎士団からの揶揄だった。


「いやあ、騎士団だったら、あんなに太れないよな」


「ちょっと、あり得ないですね」


 巡礼団を追い越す際に、一言を投げつけていくパターンや、肉を目の前に投げつけるなど、騎士道精神にもとること甚だしかった。


 2つ目は、馬車の中から笑っている年若い女性の嬌声だった。


「何あれ? ちょっと無理」


「男としてどうなのかしら?」


 散々笑いものにしたあげく、追い越して行く。

 ティアナは悔しくて、手からバリバリと雷を出していたが、レオンシュタインから止められる。


「いいんだ。ティア。先を急ごう」


 そう話すと、表情を消して、黙々と歩くレオンシュタインだった。

 1日中歩き続け、宿泊場所に到着したときには、日は西に傾いていた。


「いやあ。今日も疲れたな」


 草の上に座り込んだレオンシュタインは、足を伸ばしながら後ろに倒れ込む。

 どすんという音が辺りに響き、ぶるんと腹が大きく揺れる。

 ティアナは横にぴょこっと座ると、レオンシュタインのズボンをたくし上げる。

 そして、レオンシュタインの太ももを両手でむしっと掴み、ぎゅっぎゅっとマッサージを始める。


「ティア! いいよ」


 ティアナは気にせずにマッサージを続ける。


「足が痛いんでしょ? 歩き方が変だったよ」


 黒い仮面の少女がマッサージをしている姿は、なかなかにオカルトだ。

 レオンシュタインは恥ずかしくてたまらないらしく、盛んにいいよと手を振る。

 ティアナは足の具合を心配し、マッサージの手を緩める様子はない。


「ティア。もう練習に行くから!」


 そう言われて、ティアナはようやく脚から手を離し、遠慮しないでと屈託無く話す。


「遠慮するよ」


 レオンシュタインは、かぶせるように話すと、バイオリンを持って川岸へと向かう。


「ちょっとレオン! 待ってよ」


 ティアナはすぐにその後を追っていった。

 草原が開けている場所がすぐに見つかり、レオンシュタインはバイオリンを出して調弦をすると、すぐに弾き始めた。


 ティアナはやれやれといった感じで、近くに座れるものがないか探し始めた。

 平べったい石を見つけ、そこに座り、自分も魔法の訓練をしようと考えていた。


(光球がいい!)


 ティアナが詠唱を始めると、目の前に光の球が浮かび上がる。

 辺りは薄暮のため、その周りだけがぼんやりと明るくなる。


(これだと魔力も増えるし、いいかも)


 その間にも、バイオリンの音が響いてくる。

 ティアナはリラックスした姿勢で呪文を唱え続けた。

 目の前の光の球が少しだけ大きくなる。


(じゃあ、このまま魔力を注いで)


 辺りがさらに明るく照らされ、レオンシュタインもバイオリンの弦がよく見えるようになった。


(レオンも嬉しいよね)


 思わず口元が緩み、レオンシュタインも笑顔でこちらに目配せをする。

 ティアナは、座ったままその明るさを保ち続ける練習に入った。

 魔力を注ぎ続けるため、少し息苦しさを感じるものの、この練習が自分の魔力を増大させる。


(よく父様が言ってたわ。魔力は使えば使うほど増えていくって)


 レオンシュタインの練習が終わる頃に、光球の明るさに陰りが出始めていた。

 限界が近づいているのをティアナも感じる。

 最後の魔力を込めると、光球は一瞬、明るさを増した。

 その瞬間、ティアナはよろめき、石の上に横たわってしまった。


(しまった!)


 魔力切れ近くまで、魔力を注いでしまった。

 急に明るさがなくなったため、レオンシュタインがすぐに近づいてきた。


「ティア! 大丈夫?」


 ティアナは顔をそっと上げ、レオンの方を見る。


「ごめんね。魔力切れをおこしたみたい」


 暗くなったため、レオンシュタインは松明に火を付け、辺りを明るくしようとする。

 ようやく灯が点り、ティアナの様子を確認するが、いつもと何かが違う。

 レオンシュタインは戸惑いながら、やや改まった口調でティアナに話しかける。


「……ティア? というか誰?」


 レオンシュタインがびっくりするもの無理はなかった。

 大きな石の上に座っているのは、仮面の少女ではなかった。


 柔らかな眼差しに黄金の髪が輝き、瞳の色は深いブルーをたたえいる。

 肌の白さも眩しいくらいで、鼻もすっきりと立ち、その下の唇は薄紅色で、口元がいつも笑みをたたえている。

 そこにいたのは、美の女神とたたえられたティアナの母マグダレーナに似た面影の少女だった。


「レオン? 何、言ってるの?」


 軽く首を傾げながら、そっと立とうとするティアナだったが、その瞬間よろけてしまう。


「あ、危ない!」


 レオンシュタインは思わずティアナの身体を右手で支える。

 思った以上に軽く、柔らかい感触にレオンシュタインは困惑する。


「あ、ありがと。立ち眩みかな」


 顔を赤らめていたレオンシュタインだが、辺りが暗いために気づかれなかった。

 でも、この子は本当にティアナなんだろうか。

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