第9話 戦闘開始!

 王国歴162年9月1日 夜半、ピルネの町へ向かう街道にて――


「おうい」


 男が大きな声で後ろから呼びかけてきた。

 薄暗い中、警戒しながら二人は振り返る。


「こんな夜に歩くのは危ないぞ」


 話しかけてきたのはレオンシュタインより少し高い身長の男だった。

 顔は薄暗くて、ほとんど見えない。


「ご親切にありがとうございます。でも、今日中に目的地まで行きたいんです」


 レオンシュタインは相手の様子に目を配りながら、素直に答える。


「そうか。でも、この先はちょっと危ないな」


 男は盗賊が頻繁に出没していることを二人に教える。

 気がつくと男の連れらしい3人の男が、レオンシュタインたちを囲むように立っていた。

 あと少しで宿営地なのだとレオンシュタインは力説する。


 4人はひそひそと相談し、背の高い男が意を決したように、右手の親指を立て自分を指し示した。


「そこまで俺たちがついて行ってやるよ。代金は何かあったら銀貨1枚でどうだ? 何もなかったら勿論、無料だ!」


 今度はレオンシュタインとティアナが相談を始める。

 

「ねえ、何か怪しくない?」


「えっ? 怪しくないよ。親切だよ」


 相変わらずのお人好しっぷりに、ティアナはため息しか出ない。


「それに、あの声は心配している声だよ」


 そう言うと、すぐに護衛の依頼をお願いする。

 ティアナは頭を振ったが黙ったままだ。


「よし、決まりだ。俺はゾイラック、冒険者だ」


「ぼくはレオンシュタインといいます」


 二人は握手を交わし、残りの3人とも短い挨拶を交わし、すぐに出発することになった。


「へえ、呪いを解くためにね」


 ゾイラックは気の毒にという風にティアナの方を見る。

 ティアナは自分が女とばれないようにずっと黙って下を向きながら歩く。


「俺たちはコムニッツから来たんだ。護衛の仕事が多くてね」


「護衛ですか?」


 シュトラント領は盗賊が多く、治安が悪いことを知らされ、レオンシュタインは胸が痛む。

 盗賊が多い理由をゾイラックに尋ねてみると、税金が高いからだと即答する。


「税金?」


「人間、金がなければどんなことでもするさ」


 その瞬間、ゾイラックの目がぎらっと光る。


「こんな風にな」


 ゾイラックは腰のショートソードを抜くと、レオンシュタインの方に剣を振るった。

 

「レオン!」


 ティアナが悲鳴をあげた瞬間、レオンシュタインの眼前で矢が両断される。

 矢は、からんという音を立てて下に落ちる。


「怪しいと思ったんだよ」


 ゾイラックは後方を睨み付ける。

 足音を立てない黒ずくめの集団が、後ろに迫っていた。


「行くぞ!」


 ゾイラックの号令一下の元、配下の3人はすぐに剣を抜き、族に走り寄っていく。

 剣がぶつかり、ガンガンという音と共に火花を散らしている。

 ゾイラック達は黒ずくめの男達を後退させていたが、突然、味方の肩に矢が突き刺さり、低い悲鳴が上がる。


「弓か。やっかいだな」


 ゾイラックはつぶやく。

 それを聞くとティアナはすぐに詠唱を始めた。


「光球!」


 ティアナの手から大きな火花が飛び出し、光の球となって黒ずくめの男たちの上に輝いた。

 4人は勢いづき、5人の賊を後退させていく。

 ゾイラックは、すでに2人を追い払っていた。


雷の矢ブリッツ!」


 ティアナの雷の矢は、まっすぐにアーチャーの手に突き刺さる。

 バサッと弓を落とし、賊の一人はたじろぐ。

 その瞬間、高い笛の音が鳴り響いたかと思うと、集団は闇に溶けるように撤退してしまった。


「やっかいな奴らだ」


 ゾイラックは仲間を呼び寄せると、すぐに傷の手当を始めた。

 肩を射貫かれた男は、仲間に包帯を巻き付けてもらう。

 矢に毒は塗られておらず、ゾイラックは神に幸運を感謝した。

 

 周囲の仲間も安堵しながら、治療を見守っている。

 遺留品を捜し回ると、1つの弓と両断された矢が見つかった。


「いい弓を使ってんな」


 その弓を味方に放ると、ゾイラックは1つの疑問を口にした。

 あまりにも統率されていて普通の賊とは思えないというのだ。

 ゾイラックは分からないという風に頭を振る。


「ま、それでもみんな命があったのは何よりだ。と、いうことで~、銀貨1枚いただきます」


「ごちっす」


「ごちっす」


 ゾイラックは両手を前に出し、報酬を請求してきた。

 レオンシュタインは丁寧にお礼を述べながら、ゾイラックの手の上に銀貨を1枚とチップの大銅貨1枚を載せる。


「お互い、無事で良かったな」


 ティアナも丁寧にお礼を述べ、その場は和気藹々となった。


「にしても、お嬢ちゃんの魔法はすげえ」


「本当だ。あれがなきゃ弓にやられてたぜ」


 みんな安堵したのか饒舌になった。

 しかも、助けたのが女の子のためテンションも上がる。


「その仮面の下って、もしかして美少女?」


「いやあ、見てみたいな」


 ひとしきり話したのを見計らって、ゾイラックは先を急ぐことを提案する。

 賊は死んだわけではなく、追い払っただけなのだ。

 部下たちはすぐに静まり、すぐに出発することになった。


 三日月が細々と空に輝いているほか、ランタンにしか灯りはない。


「危ないから走ることはない。でも、急ぐぞ!」


 レオンシュタイン一行は、黙々と前へ進む。

 月が南に昇る頃、ようやくビコーたちの野営地が見えてきた。


「おお、無事だったか」


 ビコーが駆けつけてくる。

 その姿を見ながら、二人は前に進んだつもりだったが、その場に倒れてしまった。


「おい、ルイーズ!」


 キャラバンから人が出てきて、二人の寝床をこしらえる。

 二人は前後不覚に眠り込んでしまった。


「まあ、無理もねえよ」


 ゾイラックはビコーに襲われた件を伝える。


「あいつらは運がいいな。俺からも礼を言うよ」


 ビコーは袋からお金を出そうとするが、ゾイラックはそれを押しとどめる。


「もう、兄ちゃんからもらったよ」


 二人を優しく眺めながら、ゾイラックは続ける。


「あんなに、すぐ人を信じるのは危ない。けど、いい奴らだな」


 きっぱりと言い切り、笑顔になる。


「兄ちゃん達に、また会おうって伝えといてくれ」


「分かった」


 ビコーが寝ている二人を確認している間に、ゾイラックたちは先に進む。

 ビコーは二人に毛布を掛け直すと、そっとその場を立ち去るのだった。

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