第8話 二人きりで歩く

 王国歴162年9月1日 ピルネ近くの草原でキャラバンは出発準備に忙しい。


「出発するぞ!」


 ビコーの大きな声が響き渡る。

 太陽が雲間から煌めき、爽やかな風を頬に感じる。


 巡礼の一行はザリザリと足音を立てながら歩き始め、レオンシュタインとティアナもそれに続く。 

 草の匂いが風にのって鼻腔をくすぐる。

 右手の牧場では、すぐ側で2頭の茶色い馬が走り回っており、さらに向こうでは一頭の白馬が草を食んでいるのが見えた。


 ただ、その素敵な景色がレオンシュタインの目には映らない。

 思い悩んでいたのは日課のバイオリン練習のことで、練習している間、巡礼団に待ってもらうわけにはいかない。

 一行と別れて練習したら、今日のキャンプ地に着くのは夜の8時頃だろう。

 レオンシュタインは思い切ってティアナに打ち明けることにする。


「あのさ、ティア。ぼくは毎日4時間、バイオリンの練習をすることになってるから別行動をとろう。ティアはビコーさんと先に行ってて」


 ティアナは、ふうとため息をつく、やれやれといったように肩をすくめ手を広げる。


「何を言うかと思ったら。私も練習につきあいます」


 仮面の口元が引き締まる。


「あのね。無事に城に戻るまで別行動はしない! 当たり前でしょ」


 ティアナは手の上にパチパチという火花を出す。


「これでレオンを守ります」


「ありがとう。じゃあ、お願いするよ」


 ティアナは口元に柔らかな笑みを浮かべ、すぐにルイーズのところへ走っていく。

 ルイーズは心配になったようで、レオンシュタインの元にやってきた。


「聞いたよ。レオンくん。大丈夫?」


 ルイーズは心配の色を隠そうともしない。

 ティアナは、ルイーズに電撃を見せ、これでレオンを守ると意気込んで答える。


「本当はティアナちゃんが守られる方なのにね」


 とルイーズは苦笑いだ。

 ひとしきり安全について話すとルイーズは戻っていった。

 ビコーの許可も取れたらしい。

 昼食をとった後、巡礼の一行は出発した。


「二人とも気をつけてね」


 ルイーズが心配そうに話してくるのを見ながら、二人はぺこりと頭を下げる。

 そして、隊列が見えなくなるまで見送っていた。


「ごめんね、ティア」


 ティアナは元気よくレオンシュタインの方を振り返って、両手を前に広げる。


「謝るのは止めましょ。さ、練習をどうぞ!」


 レオンシュタインは笑顔でバイオリンの準備をする。

 調弦をすませると、バイオリンの音が周囲に響き渡る。


(相変わらず、すごい)


 ティアナはその音に圧倒され、思わず後ろの切り株にぺたんと座り込む。

 音もそうだが、その記憶力にも圧倒される。

 レオンシュタインは楽譜がないので、全て暗譜なのだ。


 1時間、2時間、途中で水を飲むとき以外は、全く休まない。

 自分の目指す音、師匠を超える音を求めて、ひたすら左手は弦の上を動き続けていた。

 汗が滝のように流れていたけれど、そのまま弾き続けていた。


 日が西に傾く頃、レオンシュタインはようやく練習を終える。

 その場に座り込み、肩で息をする。


「大丈夫? レオン?」


 汗だくのまま、レオンシュタインは顔を上げる。


「おかげで、いい練習ができた……よ」


 笑顔を見せようとするが、またすぐに下を向き、荒い息を吐く。


「しばらく休みましょ。水も飲まなきゃ」


 水筒をレオンシュタインに差し出したけれど、


「いや、すぐに出発しよう。暗くなる前に行かないと」


 一口水を飲むと、バイオリンをケースにしまい始めた。

 そして心配そうなティアナを横目に、出発を宣言する。

 

 2人はほとんど話をせずに、街道を進んで行く。

 2時間ほど歩いたところで、レオンシュタインは脚に違和感を覚え始めた。


(痛いか?)


 痛くない痛くないと自分に言い聞かせながら、ひたすら歩く。

 ただ、レオンの体重は膝に容赦なくのし掛かる。

 少しずつ辺りが薄暗くなり、日も傾き始めていた。


「まだ目的地には着かないかな?」


「ルイーズさんは、橋の横の広場にいるって」


 橋は見えず、二人はただ前を向いて歩いて行く。

 日がしずみ、辺りが藍色に包まれると、街道に人の姿が見えなくなってきた。

 二人はランタンに火を灯し、さらに進む。


 2人の足音以外には何も聞こえなくなると、後ろから4人組の男達が、追いかけるように近づいてきた。


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