第7話 許嫁、爆誕!

 王国歴162年9月1日 首都クロートローテン近くの草原にて――


「朝だよ、あんたたち! ご飯の時間だよ」


 眠い目をこすりながらレオンシュタインはその場で上半身を起こす。

 その様子を見て、隊長のビコーが声をかけてきた。


「おはよう、よく眠れたか?」


「いえ。地面が固くて」


 眠そうな口調で目を擦りながら、レオンシュタインは答える。


「そうだろう。旅慣れてなければ、そんなもんだ。でも、ぐっすり眠ってたぞ」


 ようやくレオンシュタインの顔に笑顔が広がる。

 寝床からもそもそと這い出してきた二人は、背中を思い切り伸ばしていた。


「近くの小川で顔を洗ってきたらどうだ?」


 ビコーが提案してくれた場所へ、二人はあくびをかみ殺しながら歩いていく。

 川のそばでしゃがみ込んだレオンシュタインは、さわやかな冷たさを感じながら両手で水をすくい、顔をザブザブと洗う。


 その横でティアナも顔を洗い始める。

 レオンシュタインの歯磨きが終わる頃、


「レオン。先に戻っててくれる?」


 と口ごもりながら話す。事情を察したレオンシュタインは、すぐに寝床の場所へ戻っていった。


 この仮面、いつ取れるのかなと思いながら、ティアナは丁寧に顔を拭き始める。

 そして、木の茂みの陰に歩いて行くと、辺りに人がいないか何度も確認し、するすると服を脱ぎ始めた。


(やっぱり、水浴びをしないとね)


 均整の取れた肢体に滑らかな白い肌。

 金髪が朝日を浴びてキラキラと輝きながら肩にかかる。


(誰かが見てたらたいへん。朝からこんな水浴びをするとは思わなかったな)


 布で身体をこすり、なるべく音がしないよう肩まで水に入る。

 いつか暖かいお湯に首まで浸かろうと、水の冷たさを我慢する。


 何秒経ったろうか。すぐに水の中から出て、茂みの方へ移動する。

 服を身体に纏いつけると、輝いていた身体の光が消え、辺りの木々も緑の色を取り戻していた。


「ん?」


 川向こうの草の茂みが不自然に揺れた気がして、まさかと思いながらも詠唱を始める。


雷の矢ブリッツ!」


 3つの雷の矢が茂みに向かって飛んでいき、狙った茂みに当たる。

 ばあっと葉っぱを散らしただけで、特に怪しい人影は隠れていなかった。

 自意識過剰な行動に赤面したティアナは、急いで食事の場所に戻っていった。


 寝床に戻ったティアナが見たものは、厚めのハムと白いチーズ、そして赤いトマトを挟んだパンだった。

 二人のお腹が期せずして鳴る。


「では、食べようか」


 ビコーが話すのと同時に、二人はパンにかぶりつく。

 チーズが絶品で、トマトの味がまろやかになっている。

 ハムも弾力があり食べ応えがある。


「おいしいでしょ。うちの村で作ったチーズだから」


 ルイーズの話を聞きながら、二人は夢中でパンと格闘していた。

 それを眺めながら、ビコーは焚き火に新たな枝をくべる。

 パチパチと乾いた音が響き、火の粉が空中に舞い上がる。


 その赤い炎を見つめながら、ビコーが優しく語りかけてきた。


「なあ、お二人さん。なんで旅なんかしてるんだ?」


 ティアナの仮面を外すために教会を巡る旅をしていると、二人はあらかじめ考えていた理由を手短に話していた。


「呪いか何かなの?」


 目を潤ませたルイーズが、泣きそうな声で聞いてくる。


「いえ、父が私を守るために神に祈ったと母から聞いていたんですが……。詳しい理由を聞く前に、母が亡くなったんです」


 ティアナの母マグダレーナは、父親が死んでから1ヶ月もたたないうちに亡くなっている。

 ルイーズは思わずティアナを抱きしめる。


「そんな事情があったなんて……。神はあなたの願いを聞いてくださいますよ」


 その暖かさに包まれたまま、ティアナはじっとしていた。


「ねえ、あんた。一緒にヴェズレーまで行ったらどうかしら。奇跡の泉の近くに教会があったはずよ」


 頭の中で地図を広げたレオンシュタインは、その場所におおよその見当をつける。


「あの、ヴェズレーって、もしかして……」


「そう、フランダース地方にある小さな町だよ。ここから1ヶ月ほどかかるかねえ」


 ぎゅっと抱かれたままのティアナは、路銀不足を二人に伝える。

 そっとティアナを離したルイーズは、胸の前で十字架を切った。


「いいのよ。お金なんて。これも神の思し召しですよ」


 聞くことに徹していたビコーは、話の矛先をレオンシュタインに変えてきた。


「ところで、あんたは護衛かい? 腕っ節は強そうに見えないけど」


 薪がガサッと音を立てる。

 二人ともレオンシュタインの旅の理由は、まだ考えていなかったのだ。


「あ、私はティアナと一緒に住んでまして」


「一緒に? なら、使用人かい?」


 レオンシュタインは慌ててかぶりを振る。


「いえ。彼女は、そのう……私の身の回りの世話を」


「じゃあ、旦那さんかい?」


 真実しか話せない正直者のレオンシュタインは、額に汗を浮かべ、しどろもどろになっていた。

 そこでティアナはレオンシュタインの手を握りしめる。


「私は許嫁なんです」


「え?」


 話を合わせろとばかりに、レオンシュタインの足をぎゅっと踏む。


「はあ、はい。ティアナは許嫁です」


「そうかい。あんたもたいへんだな」


「い、いえ」


 ルイーズはその様子を見ながら、声を潜める。


「でも、ティアナちゃんは目立つからね。気をつけなよ」


「そうなの?」とティアナを振り返るレオンシュタインに対して、ティアナは「さあ?」と首をかしげるだけだった。


「気付いてなかったの? みんなティアナちゃんばっかりを見てたよ」


 とルイーズは慌てた様子で話を続ける。


「黒仮面もそうだけど、ティアナちゃんのメイド服が目立つのよ。それに金髪でスタイル抜群でしょ。そりゃあ、見ちゃうわ」


「とにかく気をつけた方がいい。身体や髪を隠すべきだな」


「そうねえ。……そうだ!」


 荷物の場所まで戻ったルイーズは、薄い黄色の布きれを持ってくる。


「少し古ぼけてるけど、これで頭を隠しなさい」


 笑顔でお礼を言いながら、ティアナはスカーフを頭の周りに巻き付け始める。

 確かに、髪も仮面も目立たなくなった。


「あと1時間で出発するよ。支度をしておいてね」


 二人は手を振りながら、荷物のところに戻っていった。


「ごめんなさい、レオン」


「何が?」


「そ、その……許嫁」


「ああ、これからはそれでいこうね」


 屈託無く答えるレオンシュタインに、ティアナはイラッとする。


「痛!」


 レオンシュタインの足を蹴ったティアナは、そそくさと自分の荷物をまとめ始めた。


(一人で意識して。バカみたい)


 足をなでながら、レオンシュタインはティアナがなぜ蹴ったのか、ひとしきり考え込むのだった。


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