第6話 悪い人といい人と

 3時間歩いても、5時間歩いても街が見えてこない。

 疑問を感じたレオンシュタインは、近くを歩いていた巡礼団の男に話しかける。

 けれども、黒い仮面の少女が側にいるのを見ると、すぐに離れて行ってしまった。


 レオンシュタインはティアナに気付かれないように、近くを歩いている人たちに次々に声をかける。

 でも、同じように、気がつかないように離れていってしまうのだった。


「……レオン、ごめんね」


 ティアナが今にも泣きそうな声で話しかけてくる。

 レオンシュタインは、その度に『問題ない』と笑顔で返す。

 確かに、断られるのは辛いけれど、ティアナは何も悪いことをしていない。


 レオンシュタインは22組目の巡礼団の一行に話しかけることにした。

 

「すみません。ピルネの街まで行きたいのですが、あとどれくらいで着きますか?」


「ピルネ? ここからだと大人の足で早くて3日、急がなければ5日くらいはかかるよ」


 みるみるうちにレオンシュタインの顔は青ざめていく。

 食べ物や飲み物をそれほど用意していなかった。

 あのお婆さんは親切なふりをして、レオンシュタインたちを騙したのだ。

 その様子を見て事情を察した男は、1つの提案をしてきた。


「お二人さん。俺たちと一緒に行くっていうのはどうだ? 二日間で一人銅貨40枚! 寝床とご飯を提供するよ。雑魚寝になるけど、二人で野宿よりは安心だ」


 隣にいた中年の女性もそれに続ける。


「一緒に行きましょ。五日間、ご飯込みで一人銅貨80枚にしとくよ」


 レオンシュタインはすぐに世話になることに決め、銀貨1枚(銅貨100枚分 約1万円)を男に差し出した。


「決まりだ! 俺はビコー。よろしく」


「レオンシュタインです。よろしくお願いします」


 二人は握手を交わす。


「じゃあ、二人とも隊列の一番後ろを歩いてくれ」


 ビコーの一行は石畳の街道を歩き始めた。

 巡礼者達はティアナの黒仮面にギョッとしたようだが、ビコーが問題ないと繰り返し話したことで、黙認することになったらしい。

 巡礼団の歩くスピードに二人は疲れを隠せなかったが、何とか予定の場所までは歩き通した。


 西側に見える低い山々が朱色に染まり、一番星が空に青白く光り始めた。


「ようし、今日はここで休むぞ!」


 ビコーは草があまり生えていない川岸にみんなを誘導し、近くに落ちていた細い木を拾い集める。

 それを組み上げて火をつけると、暖かなオレンジ色の空間が出来上がった。


「じゃ、二人の寝床はここだ。あと、これが今日の晩ご飯」


 寝る場所は焚き火から少し離れた木の下で、暖かく、巡礼者たちにも近いので、二人は安心して腰を下ろした。

 もらった握り拳大のライ麦パンと少し青みのあるトマトを口に入れる。


 疲れた身体にトマトの甘さと酸っぱさが染み込んでくる。

 ライ麦パンは舌触りがぼそぼそで、酸っぱさを感じたが、それでも疲れた身体には美味しく感じる。

 パンもトマトも、空腹の二人には何よりのご馳走に思えるのだった。


 食事を終えると、レオンは寝床に寝そべり、手足を伸ばす。

 辺りは真っ暗になり、焚き火がレオンシュタインたちを薄赤く照らしていた。

 焚き火の焦げる匂いも、慣れてしまえば逆に暖かさを感じるような気がした。


「ティア、本当にお疲れ様」


「レオンもね」


 2つの寝床が横にそろえてあったので、ティアナは一瞬躊躇したけれども、横になるのと同時に二人ともすぐに眠りについてしまった。


「早いな」


 様子を見に来たビコーが、無防備に寝る二人を見てびっくりする。


「こんな若い二人がなあ。無防備すぎて盗賊にやられないか心配だ」


「一緒になって、運が良かったわね」


 奥さんは優しい眼差しで二人を見つめる。


「じゃあ、明日から常識ってやつを教えてあげないとな」


「ええ。この若さで旅行なんて、理由があるんでしょうから」


 二人はレオンシュタインたちを見守るように、近くに寝床を作る。

 空には月もなく、小さな青白い星が二人を祝福するかのように光っていた。

 こうして、1日目の夜は過ぎていったのだった。

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