第6話 サクラサク…?

 夜中にラブレターを書いてはいけないというがそのとおりである。彼はそのタブーを破って書いたラブレターを鳥肌を立てながら読んでいた。


 昨日、買った(買わされた)ガラスペンとインクを彼は何となく手に取ってみた。ラブレターなど書く気もなかったのに、気がつけば日付が変わるころまで机に向かっていた。

 これは送ってはいけない。また別のアプローチを考えよう。

 気を取り直して彼は部屋の窓を開けた。細目に開けた窓からしゅっと何かが飛び込んできた。

「これはワタシが郁さんに届けてやろう!」

「?!」


 文字どおり弾丸のごとく家を飛び出した彼は自転車でブッコローを追いかけた。どうやら払われたのは一日だけだったようである。商店街を抜ける道を全速力で追いかけ、あと2,3メートルというところで角を曲がる。

 曲がったその先になんと郁さんがいた。

 ブッコローは郁さんの前に飛んでいくと彼の書いたラブレターを落とした。

「郁さん!」

 とつぜん名前を呼ばれた郁さんがラブレターから目を上げる。

「郁さん、それ…」

「たしか同じ学校だったよね。これ…」

 ああもう終わりだ、彼はそう思った。

「これ小説だよね。こんなの書けるんだ。すごいね」

「へっ?」

「しかもこれペンとインクで書いてるんでしょ。とっても素敵だね」

 郁さんの大いなる勘違いのおかげで彼は九死に一生を得た。

「郁さん、もしかしてインクとかペンとか好き? そういうのいっぱい揃っている店知ってるからよかったら案内するけど」

「ほんと?! ぜひ連れてって!」

 彼は雲の上でも歩くようにふわふわとした気持ちで自転車を引いて家に帰った。


 ◆◆◆


「起きろ! 起きろ! 目を覚ませ!」

 幻聴だろうか。そうであってほしい。しかし延々と続く起きろという声に彼は耐えられなくなった。

「おまえなんでいるんだよ。もうオレの願いは叶ったんだ。もうオレのところにいる理由はないだろ!」

「なにを言っている。オマエは願っただろう。志望校に合格しますようにと」

 彼は目の前がぐらぐらっと揺れた気がした。

(まじか…こいつと一年一緒ってことか。カンベンしてくれ…)

「あと一週間後に馬が走る。オマエを鍛えるためにまた競馬場へ行くぞ!」

 ショックすぎた彼は言葉を失い、感情も失った。


 彼はフーっと息を吐いて窓の外を見た。空は明るく天気は良い。

(まだ桜は散ってないよな)

 彼は布団から出ると着替え始めた。

「おいブッコロー出かけるぞ」

「なにっ、出かけるだと。オマエにそんな暇があるのか」

「花見だよ。いいだろ、そんぐらい」

「花見! ワタシは良い酒しか飲まないぞ」

「はいはい」

 うるさいがいちおう神の使いだ。認めたくないが結果的に郁さんと仲良くなるきっかけができた。ちょっとくらい礼をしてもいいか、そんな気になった。

(父さんのビールなら一本くらい失敬しても大丈夫かな)

 酒の入手先を考えながら彼は朝食を食べに台所へと向かった。



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そのミミズクは神の使い。だが おおかど ときこ @yantari

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