第60話 暁蕾、仮説を説く

 美麗は提灯を左右に移動させて、ぐるっと全体を照らす。見える範囲の棚は全て空だ。


「どうして何もないの? この倉庫は使われてないってこと?」


 暁蕾は思わずつぶやいた。


「ちょっと待って! 奥の方に何かあるわ」


 倉庫の一番奥の方で何かがキラリと光るのを見て美麗メイリンが言った。ふたりは急いで奥へと向かう。光を反射していたのは、見覚えのある香炉と銀盒ぎんごうだった。もともとあった倉庫からなくなっていた品だ。だがその隣にも品物が置いてある。照らしてみると銅の鏡だった。さらにその隣には牛が描かれた銀のさかずきと金のかんざし。どれも高級品だ。


 表に置かれた品に隠れて後ろにも金細工や高級な陶器が並んでいた。


(これって、まさか!)


 暁蕾は混乱していた。そこに並んでいる品には全て見覚えがあった。慈善販売会で自分たちが売った品々だったからだ。どういうことだろう。一度売った商品をもう一度買い戻したのだろうか? 暁蕾は新婚の夫婦に売った青花磁器の皿を探す。


 ――ない


 それ以外にも戻ってきていない商品もたくさんあるようだ。暁蕾は万能記憶を使って商品の値段を検索する。すぐに結果はでた。ここに戻ってきている商品は全て高額の商品だ。


「どうしたの? 暁蕾、考え込んじゃって」


 美麗メイリンが暁蕾の顔を覗き込んでくる。


「ここにある品って全部、私たちが慈善販売会で売った商品なんだよ」


「えっ、そうなの? うん確かに見たことあるかも。でもなんで?」


 美麗メイリンは不思議そうに首を傾げていたが、手をポンと叩いて言った。


「あ、わかったわ! 翠蘭スイラン様が売るのが惜しくなって買い戻したのかも」


 その可能性はゼロではないが、わざわざそんなことをするだろうか? もしそうなら纏黄てんおう国への支援物資を買った資金は慈善販売会の売上金からではなく、翠蘭スイラン妃が自ら手出ししたことになる。


「あーあー、もっと珍しいものがいっぱいあると思ったのに。つまんない。見つからないうちに帰ろうよ」


「そうだね」


 あっけらかんとした美麗メイリンの態度に苦笑しながら、暁蕾はうなずいた。


 ※※※※※※


 数日ののち、暁蕾、秀英シュイン甘淑かんしゅくの3人は秀英シュインの執務室に集合していた。それぞれが調べた結果と今後の方針について話し合うためだ。


 まず最初に秀英が口を開いた。


「毛皮の密輸犯を使ったおとり作戦が成功した。指示役の女から捕まえた男あてに連絡があり、安慶にある空き家で接触することになった。俺はそこでその女を捕らえるつもりだ」


 次に甘淑が報告を行う。


「俺は宦官から重要な情報を得たぜ。紅玉宮こうぎょくきゅうから発注された品物を宦官が倉庫に納めに行くんだが、次回、紅玉宮こうぎょくきゅうに皇帝陛下の渡りがあるときに納品が行われるそうだ。渡りにはお付きの宦官が同行するからな。不自然に思われず実行できるってわけだ」


 最後に暁蕾の話す番となった。


「先日、紅玉宮こうぎょくきゅうにあるもうひとつの倉庫の中を見ました。そこには私たちが慈善販売会で安慶の民に売った商品のうち、高額なものが置いてありました」


 秀英シュイン甘淑かんしゅくはともに目を見開いた。


翠蘭スイラン妃が買い戻したのか?」


 秀英シュインが問う。


「わかりません」


「そりゃないだろ。そんなことする意味がない」


 首を横に振った暁蕾を見て甘淑が言った。


 暁蕾は、すうーっと息を吸って秀英、甘淑の顔を順番に見た。頭の中で今から話すことについて最終確認が行われた合図だった。


「秀英様、甘淑様、今から話すのはこれまでの情報をもとに私が立てた仮説です。どうぞお聞きください」


 目の前のふたりが承諾の意味でうなずくのを見て暁蕾は続ける。


「すでに判明しているように、翠蘭妃と後宮の貴妃たちは日用品の発注を通じて宦官に賄賂わいろを送っています。ところが何らかの理由で賄賂の金額が高騰しました。日用品の換金では量が多くなり不自然です。困った翠蘭スイラン妃は別の方法を探していました。そこに私が慈善販売会で不用品を売ることを提案したのです。翠蘭スイラン妃は私の提案を聞いてそれを利用することを思いつきました。


 慈善販売会で民に紛れ込ませた宦官に商品を買い取らせることにしたのです。まず安く買った商品を闇の市場に売りに出させます。闇の市場では劉家に通づる闇商人がそれらの商品を高く買い取ることで差額を賄賂としたのです。買い取った商品は劉家から宦官へ渡され再び倉庫へ戻されました。私が見た商品は宦官により戻された品でしょう。


 もちろん毎回、販売会を開くわけにはいきません。翠蘭スイラン妃はもっと簡単な方法を考えたのでしょう。おそらく劉家傘下の小さな商店の店先に商品を陳列して宦官に安く買い取らせることにしたのだと思います。そして宦官がその商品を闇の市場で売るのではなく、麻薬の売人に代金として渡す仕組みを作ったのでしょう。新しい麻薬である槃麻はとても高価です。その槃麻を市場価格よりも安い値段で購入できるようにして宦官を麻薬中毒にしていく。これなら現金が動くことなく麻薬売買ができるというわけです。最後に麻薬の売人から商品を受け取った宦官が渡りに合わせて商品を倉庫に戻す。これを繰り返すのです」


 暁蕾の説明を聞いていた秀英は不快そうに眉をひそめた。一方の甘淑は無表情のままだ。暁蕾は続ける。


「もうお分かりですね。賄賂の金額が高騰した理由は、宦官に高価な槃麻を売る必要があったからです」


「なるほど、よく考えられた仕組みだな。それでどうやって証拠をつかむ?」


 甘淑が試すような目で暁蕾を見てくる。


「もちろん現場を押さえるんですよ」


「誰が?」


「私と甘淑様に決まってるじゃないですか」


 甘淑は口をあんぐりと開けて固まった。


 


 


 

 

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