第59話 暁蕾、倉庫に忍び込む

 翌日、紅玉宮で倉庫整理をする前に暁蕾は人を探していた。いきなり現れるくせに探すとなかなかみつからない。探すのを諦めて倉庫に贈答品を運び込むことにした。木箱を開けると銀の茶碗が出てきた。茶葉はいまでも溏帝国の重要な輸出品だ。今では取引の多くを劉家が担っている。


(纏黄国との交渉がうまく行ったことで、ますます劉家の商売が繁盛しちゃったわね)


 廊下をこちらに向かってくる軽やかな足音が聞こえた。


「またひとりでお仕事?」


 声の主は美麗メイリンだった。クリクリとした目がこちらを見ている。


「うん、みんなお客様の相手で忙しいみたい」


「手伝おうか?」


「ありがとう」


 薄桃色の襦裙じゅくんをひらひらさせて美麗は暁蕾のとなりまでやってきた。暁蕾が仕事の説明をすると、美麗は次々と箱を開けて中身を取り出した。それを見て暁蕾が目録を作っていく。美麗が加わったことで仕事はどんどんはかどる。


「実は美麗のことを探してたんだ」


「知ってるよ」


 美麗はフフフと笑う。あいかわらずつかみどころのない不思議な娘だなと暁蕾は思った。


「以前、紅玉宮にもうひとつ倉庫があるって言ってたでしょ。その倉庫の中を見れないかな?」


「はーん、そちらの不用品も売ろうと思ってるんでしょ?」


「まあ、そんなとこだね」


 美麗は少し考えてから口を開いた。


「これは内緒なんだけどね。数日以内に皇帝陛下の渡りがあるらしいの。その日は陛下のお出迎えで侍女も女官もかかりっきりになるわ。倉庫に忍び込むならその時しかないと思う」


「そっか、ありがとう」


「ねえ、暁蕾。もし倉庫を探りにいくなら私も連れて行ってよ。私、倉庫の鍵がある場所知ってるんだ」


「えっ! でも美麗も陛下のお出迎え準備があるんじゃ……」


「大丈夫、大丈夫。私は数のうちに入ってないから」


 日ごろから自由奔放に動き回っているので重要な役割は与えられていない、と言う意味だろうか? そんなことで紅玉宮を追い出されないのだろうか?


 腑に落ちない点はあったが美麗の見た目とは違う有能さを知っている暁蕾は、美麗の申し出を受けることにした。


 数日後、その日は朝から紅玉宮内がざわついていた。倉庫でいつもの仕事を続けていると美麗がやって来て小声で囁いた。


「今日、陛下の渡りがあるわ。夕刻、合図の太鼓がなるからその後、作戦開始よ。私は鍵を持ってくるから準備しててね」


 皇帝の渡り、つまりは朱皇帝が紅玉宮を訪れて翠蘭妃と一夜をともにする儀式のことだ。ふたりが結ばれて子を成すことになれば、その子が皇太子として次の皇帝候補となる。朱皇帝と現皇后、范恋はんれんの間に子がいないことを考えればその可能性はかなり高いと言えた。

 

 もちろん、皇帝を飽きさせぬよう、もともと後宮いちの美貌と名高い翠蘭妃を侍女があらゆる手段で磨き上げ完璧と言えるまでの準備をして皇帝を迎え入れる。それ以外の些末さまつなことは忘れさられようとしていた。


 そこに暁蕾と美麗の付け入る隙があった。美麗メイリンは言いたいことを言うといつものようにふわりと立ち去った。太陽が沈みあたりが薄暗くなってきた頃、ドンと太鼓の音が鳴り響いた。暁蕾がいる倉庫は皇帝をお迎えする寝所から離れているので、侍女たちの声は聞こえてこない。


 急いで倉庫を施錠し渡り廊下に目を凝らす。すると思いがけない方向から声を掛けられた。


「こっちよ、暁蕾。降りてきて」


 美麗メイリンは外庭にいた。倉庫や渡り廊下は地面から少し高い位置にあるので、暁蕾は上から美麗メイリンを見下ろす形になっている。薄暗くなっているので気をつけながら階段を降りた。美麗メイリンは提灯を持っているが灯りはついていない。


「灯りはつけないわ。見つかるといけないからね。転ばないように私について来て、少し遠回りするわ」


「わかった」


 早くも歩き出した美麗メイリンの後を追いかけていく。美麗メイリンは普通に歩いているように見えるのだが、足音がしない。普段通らないような植え込みの間、建物の間の小道をすり抜けていく。暁蕾は今自分がどこを歩いているのか全く分からなかった。


 思いがけず、目の前が開けて平屋建てで背の高い建物が目の前に現れた。柱は朱色なのだろうが暗くてよく見えない。明かり取りの窓が高い位置にある灰色の壁から倉庫だと思われる。


「提灯をつけるから素早く階段を上がるのよ」


 そう言って美麗メイリンは火打石を使い器用に提灯に火を入れた。よく見ると提灯には光を通さない傘が取り付けられており足元だけを照らすように工夫されていた。美麗メイリンに足元を照らしてもらい建物の扉の前まで来た。


「ここが例の倉庫なの? まるで通い慣れているみたいね」


 暁蕾は思わず感じていた疑問を口にした。


「まあね、普段こうやって紅玉宮の中を歩き回っているから」


 美麗は鍵穴に鍵を差し込み扉を開けた。


「さあ、急いで中に入って扉をしめて」


 暁蕾が扉を閉めると明かりが外に漏れることはなくなった。美麗は提灯についていた傘を外す。提灯の明かりが倉庫の内部を照らしだした。


「えっ! どういうこと?」


 目の前に広がった光景にふたりは顔を見合わせた。木製の陳列棚があるのは暁蕾が任されている倉庫と同じだったが、棚の上には何も置かれていなかった。


 


 

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