第61話 秀英、密輸犯に化ける
「
「おいおい頭脳派の俺にそんな危ない仕事をさせるつもりか? 他の宦官を使えばいいだろう」
露骨にイヤな顔をする
「お前ほどの棒使いはいないぞ。暁蕾を頼む」
秀英は暁蕾の方を向いて真剣な顔になった。
「すまない。ここはお前たちに任せるしかないようだ。宦官どもも、後宮内で手荒な真似はしないだろう。だが危なくなったらすぐに逃げるのだぞ」
「ええ、あとは
「おい、お前たちなんだか似てきたな。夫婦にでもなったか?」
暁蕾の脳裏に天三閣での出来事がよみがえった。琥珀色の瞳に見つめられて体が動かなくなり、秀英の顔が近づいてくる光景を思い出す。顔が紅潮するのを必死で抑えた。
「全然似てませんし、そのような関係でもありません」
秀英は咳払いをして目をそらす。
※※※※※※
その空き家は
空き家は粗末な平屋建てで白い壁のあちらこちらがはげ落ちていた。室内には同じく粗末なつくりの机と椅子が無造作に置かれ、若い男が居心地悪そうに腰かけている。男の正体は変装した秀英であった。捕えた密輸犯に女とやりとりさせ、この空き家で会う約束をとりつけたのだ。
前回の二の舞は踏まない。骸骨男の事件では見張っていることを気づかれて指示役の女を取り逃がしてしまった。秀英にとって痛恨の極みであった。今回は御史台の部下はだれも連れて来ていない。それどころか誰にもこの空き家のことは話していない。情報が漏れないよう細心の注意をはらった。くたびれた綿の服を身に着け
女は現れるだろうか?
空き家の引き戸が少しだけ開くのが分かった。警戒されないよう扉には背を向けておくようにと言われていた。
「
背後から女の声が問う。
「
あらかじめ密輸犯から聞き出していた合言葉で答える。さらに扉が開き、女が体を滑りこませてくる気配を感じた。
「振り向くな!」
女の方を見ようとした秀英に冷たい声が飛ぶ。取引相手が変わったことで相当警戒しているようだ。
「机に品を置いて箱を開けよ。振り返らずにな」
秀英は言われたとおりに持って来た木箱を机に置くとふたを開けた。もし今、背後から襲われたらひとたまりもない。秀英の背筋につめたいものが走る。もうすこしだ。もうすこし引き付けてから自分の能力を使う。
女が箱の中を覗き込もうとしたその時――
秀英の体は女の背後に移動していた。何がおこったのかわからず棒立ちとなった女の被っている頭巾をはぎ取る。
驚愕の表情を浮かべた女の素顔が露わになった。細く切れ長の目にとがった輪郭。秀英は女に見覚えがあった。
――後宮の教育係、
「ちっ!」
ぐらりと氷水の体がよろめいた。休む暇もなく秀英の足払いが氷水を襲う。すんでのところでかわした氷水が地面に何かを投げつけた。鈍い破裂音とともにもうもうとした煙が部屋いっぱいに広がった。全く何も見えない。
秀英は身構えて次の攻撃に備える。だが氷水の気配はすでに消えていた。急いで御史台に戻った秀英は氷水を捕えるように命令を下した。
※※※※※※
果たして宦官はやってくるのだろうか?
鳥や虫の声がどこからともなく聞こえてくる。庭に身を隠すのは思った以上に苦痛だった。地面に座ることも出来ず腰が痛くなる。もとより体力のほうは自信がない。本ばかり読まずに体も鍛えておけば良かったと暁蕾は後悔した。
カサカサと衣擦れのような音が聞こえてきた。渡り廊下を何者かがこちらへ向かってくるようだ。小股ですり足の特徴的な歩き方――宦官だ。多くの宦官がこの歩き方だが、
先頭を提灯を持った宦官、その後ろを袋を持った宦官、一番後ろを黒い衣装を着た宦官が周囲をさぐるようなしぐさでついて行く。宦官の一団は倉庫の扉の前で立ち止まると鍵を開けようとしている。
秀英からは御史台の権限で動いていることを示す札を受け取っているが、果たして効果があるのだろうか?
扉が開き、宦官たちは倉庫のなかへ入っていった。
「よし、行くぞ!」
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