第57話 暁蕾、秀英を連れ出す

 暁蕾は倉庫の整理が終わると一旦、玲玲リンリンがいる作業部屋へ戻った。最近は本来の備品係の仕事を玲玲リンリンに任せっきりになっている。


「ごめんね、玲玲リンリン。仕事を全部押し付けちゃって」


 纏黄てんおう国のお土産として毛皮の上着やチーズを持ち帰ったが、そんなもので埋め合わせできるとは思っていない。それに自分たちがやっている仕事が宦官に賄賂を渡すために利用されていることも、いつか言わなければと思いながら言い出せずにいた。


「ううん、全然いい。それに仕事ずいぶん早くなったよ」


 玲玲リンリンは文句を言うでもなく笑顔で答えた。


 (もう、可愛すぎる!)


 暁蕾は思わず、玲玲リンリンをギュッと抱きしめてしまった。


「ひゃっ! しゃ、しゃお……うぷぷ」


 背の低い玲玲リンリンの顔が暁蕾の胸のあたりに押し付けられてジタバタしている。早くこの厄介な仕事を片付けて玲玲リンリンと一緒に仕事をしたい。後ろめたい仕事ではなく世の中を良くするための仕事を。暁蕾は改めてそう思った。


 さて、骸骨男を操っていた黒幕は誰か? 男は無明道の信者であったのだから当然、教祖である冥水の指示に従うだろう。だが冥水がいる火舎国から遠く離れたこの国にいる信者に直接、命令を下せるとは思えない。


 おそらく我が国の内部に侵入した信者もしくは信者ではないが敵に協力している人間から指示を受けていたのだろう。まず考えられるのが同じ宦官から指示を受けていた可能性だ。これについては甘淑がいま調査している。


 もうひとつの可能性は皇族や役人から指示を受けていたというものだ。こちらについては秀英様によると御史台が調査中とのことだ。上記ふたつの可能性について暁蕾ができることはなさそうだ。


 そして最後のひとつが、この後宮内に指示役がいるというものだ。翠蘭妃をはじめほとんどの貴妃が宦官に賄賂を贈っている。それによって宦官を操っているものもいるだろう。槃麻を手に入れてお金の代わりに槃麻を渡すことで操っているものがいるのだろうか?


 もう一度、自分の脳が覚えているであろう様々な情報を呼び出してみる。槃麻の情報はないので、槃麻以外の麻薬について情報はあるだろうか?


 溏帝国では法律で禁制となった麻薬がいくつかある。そのいずれもが大変高額で取引されており異国から密輸されていた。


 ――密輸か


 暁蕾は纏黄てんおう国から溏帝国へ毛皮が密輸されているという話を思い出した。そう言えば近所の子供たちに溏帝国の歴史を教えていた時、溏帝国より昔に大陸を支配していた王朝が異国に侵略されそうになったことがあると教えた記憶がある。


 その時も侵略を企んだ異国から、麻薬が王朝の領土内に密輸され多数の国民が麻薬中毒になってしまった。国民が高額な麻薬を買うためのお金はどこから来たのか? 他の異国へ自国の特産品である、お茶を売って得たお金が使われていたのだ。侵略者である異国は麻薬を売ったお金で武器や兵士の食料を買っていた。驚くべきことにお茶を異国に売っていた商人と、武器や食料を異国に売っていた商人は同じで、王朝で一番の大商人であった。


 ――歴史は繰り返す


 暁蕾の頭の中にこの言葉が浮かび上がった。冥水様がこの歴史を知っていたとしたら? 知っていて利用することを思いついたとしたら? 冥水様は自分にとても似ていると秀英様は言った。もちろん見た目や雰囲気が似ているからと言って歴史に興味があるとは限らない。だが秀英様が子供に歴史を教えている自分を見て無意識に自分と冥水様を重ね合わせてしまったのは偶然ではないのかもしれない。


 (今すぐ、確かめなきゃ!)


 暁蕾は作業部屋を飛び出して一目散に御史台へ向かった。幸い秀英は執務室で作業中だった。


「秀英様! 教えてください」


 肩で息をしながら暁蕾は言った。


「いったいどうしたんだ? まあ落ち着け」


「冥水様は歴史がお好きでしたか?」


 説明するのももどかしく単刀直入に尋ねる。


「なんだって?」


「ですから歴史が好きだったかとお聞きしています!」


 秀英の目は驚きで見開かれた。


「確かに歴史が大好きでよく天三閣で歴史書を読んでいたな。だがなんでお前がそんなことを知っている?」


「歴史は繰り返す、です!」


 秀英の表情に困惑が加わったが暁蕾は構わず続ける。


「秀英様、天三閣へ行きましょう! 今すぐに」


「なんだかわからんが、後で説明しろよ」


 暁蕾の勢いに負けて秀英は天三閣へいっしょに行くことに同意した。天三閣は皇城にある書庫だ。さまざまな書籍や公文書が収められている。暁蕾は泰然タイランに依頼されて一度訪れたことがあった。建物の門に続く石畳は上から竹に覆われている。屋根付きの門をを越えて入ると前回訪れた時と同じ衛兵がいた。


「御史大夫さま、お勤めご苦労様です!」


 緊張した面持ちで衛兵は拱手の礼をとった。普段、偉い役人が来ることがないので驚いたのだろう。


「調べたいことがあるのだ。入るぞ」


 衛兵は暁蕾の方をチラリと一瞥したものの、何も言わなかった。前回の訪問で書庫が項目ごとに分かれているのがわかった。暁蕾は歴史の棚に進む。各時代の歴史がまとめられた書籍が順番に並んでいる。溏帝国の最新刊からさかのぼって表紙を見ていく。


 溏帝国の前の王朝、その前と探していき該当する部分に差し掛かった。


「ありません!」


 暁蕾は叫んだ。


 

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