第46話 暁蕾、核心を突く

「では、我が国にとって危険とはどういう意味なのです!?」


槃麻はんまという麻薬のことを知っているか?」


 甘淑かんしゅくは暁蕾の質問には答えず、逆に尋ねた。


「知っています。亡くなった宦官の死因は、槃麻による中毒だと聞きました」


 甘淑かんしゅくは、誰から聞いたのかとは言わず、ただ皮肉な笑みを浮かべた。


槃麻はんまは我が国のなかで急速に広がりつつある。巧妙にそして目立たないようにだ。もともと我が国に槃麻はんまは存在していなかったのだ」


槃麻はんまの拡大に冥水めいすい様が関係しているとおっしゃるのですか?」


 暁蕾の問いに甘淑かんしゅくは厳しい表情になった。


「おそらくな。槃麻はんまと同時に無明むみょう道の信者も増加している」


 暁蕾には訳がわからないことばかりだ。記憶の検索を行うと無明道の情報が出てきた。火舎国で古くからある宗教だが信者の数は少ない。信者の中心は貧しい農民で健康で長生きするための生き方を教えるものだったらしい。


「我が国を追放された冥水様は、無明道の教えに感銘をうけ入信し、火舎国の全土を回りその教えを説いたと言う。少しずつ信者の数は増えていき、やがて教祖となった冥水様は火舎国の政治を動かすまでになったそうだ」


 甘淑かんしゅくは話を続ける。


「火舎国は我が国の技術や制度を学びたいと、さかんに留学生を送ってきた。おそらくそいつらのなかに無明道の信者を紛れ込ませていたんだろう。そして槃麻はんまをエサに信者を集めていた可能性がある」


「それが冥水様の指示によるものだとお考えなのですね?」


「自分の母親を死に追いやり、兄妹もろとも国を追い出した溏帝国を、冥水様は恨んでいるだろう。復讐を企てたとしても不思議はなかろう」


 甘淑かんしゅくの語った話は筋道が通っているように思える。だが暁蕾の疑問に答えるものではなかった。冥水めいすい様がとう帝国への復讐を考えたとしてそれが、宦官の死とどう結びつくのか? そもそも甘淑かんしゅくが炎陽宮にやってきた目的は何か? 甘淑かんしゅくは核心にふれることを避けているのではないか? そんな思いが暁蕾の胸に沸き上がった。


甘淑かんしゅく様、何かとても重要なことを私に隠しておいでですね? そのことに触れずに話を進めようとされているように感じます。香炉と銀盒ぎんごう、あのふたつの品はなぜ炎陽宮に来たのでしょう? 宦官が死んだ空き家では何が起こったのでしょう? お答えくださいますか」


 甘淑かんしゅくの表情に逡巡しゅんじゅんのようなものが混ざった。視線が一瞬、董艶妃の方へと向けられた。


「教えてやれ、甘淑かんしゅく


 穏やかな声で董艶妃が命じた。


「我々宦官はそのほとんどが下賤な生まれだ。小娘、お前のことを下賤な女官と言ったがお前は全然ましな方だ。干ばつや冷害により暮らしていけなくなった田舎の村から、口べらしとして差し出された子供が人買い業者によって浄身じょうしん(去勢)され都に連れて来られている。当然それらの者は学もなければ財産もない。皇城から支給される給金は僅かなものだ。生活に困り盗みを働くもの、逃亡するものが続出した」


 甘淑かんしゅくは淡々とした口調で話す。だが暁蕾シャオレイは宦官の身の上について深く考えたことがなかった。広間での甘淑とのやり取りで指摘されたように偏見が邪魔をして思考停止に陥っていたのかもしれない。


「これにある貴妃が目をつけた。困窮する宦官を救う仕組みを考えたのだ。ただ表立って宦官に金品を与えることはできない。それはたとえ善意から行われた行為だとしても宦官に対する賄賂わいろとなってしまうからだ。貴妃は貴妃宮に納入される備品を利用することにした。通常、貴妃宮で使う蝋燭や油などの日用品は女官を通じて役所である皇城へ発注される。納品された品物は宦官によって後宮の倉庫へ搬入される。これについてはよく知っているだろう?」


「知っています。私たち備品係の仕事です……でもそれはつまり……?」


 どす黒い雲のような不安が暁蕾を包み込む。『宦官の片棒を担いでいるのはそなたたちじゃ』初めて会った時に董艶トウエン妃が発した言葉が蘇ってきた。動揺する暁蕾に構わず甘淑かんしゅくは話を続ける。


「皇城へ持ち込まれた発注書は、納入業者である劉家傘下の商人へ持ち込まれる。発注書に従って商品が皇城へ発送されるが、問題はここからだ。それらの品物は本来、宦官が受け取り後宮へ搬入されなければならない、だが商品が全て搬入されることはない。一部の品物は商人がそのまま買い戻すからだ。買い戻した代金は宦官の手に渡る、後日、請求書が貴妃宮へ送られ支払いが完了というわけだ。請求書の金額に貴妃が異議を唱えない限りこの取引が表面化することはない」


 貴妃宮から直接、宦官へ金品を渡すことなく備品を経由して間接的に渡す仕組み。そんな仕組みが存在する。そして暁蕾たち備品係はその仕組みの一端を担っているのだ。


「この仕組みを考案した方は……翠蘭スイラン様ですね」


 暁蕾の絞り出すような問いに甘淑かんしゅくは小さくうなずいた。今思えば紅玉宮こうぎょくきゅうからの発注書は数が多すぎた。侍女である青鈴チンリンがわざわざ南宮なんぐうまで発注書を持って来るのも不自然だった。そしてさらなる疑念が暁蕾シャオレイの脳裏に浮かび上がった。


「私と玲玲リンリンの前任者は病気で仕事が出来なくなったと聞いています。本当は違うのではないですか?」


「お前たちの前任者は、少し真面目すぎたようだ。倉庫への搬入確認をしなくていいと言われたにも関わらず数を記録し搬入された数が少ないことに気がついたのだ。そして行方不明となった。以来、備品は後宮全体の倉庫には搬入されず、宦官が貴妃宮へ直接、搬入することになった」


「行方不明!?」


 自分たちの上司である氷水ビンスイはそのことについて何も教えてくれなかった。暁蕾は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

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