第44話 暁蕾、演技をする

「くそっ! このような小細工を弄するとはこしゃくな小娘めー!」


 どこか棒読みの口調で甘淑かんしゅくが言った。


「もう白状したらどうですか? ここにある美しい香枦と銀盒ぎんごう、どちらも甘淑かんしゅく様はみたことがあるのですね?」


「ああ、せっかく董艶トウエン様に喜んでいただこうと秘密にしておったのに台無しじゃー」


董艶トウエン様、灯りをつけて頂けますでしょうか?」


 暁蕾は董艶トウエン妃に向かって声をあげた。返事はなかったが女官たちがあちこちに移動して蝋燭に火をつけた。


 明るくなった時、暁蕾は真っ先に董艶トウエン妃の方に目をやった。董艶トウエン妃は、団扇うちわから顔をのぞかせて愉快げな視線を暁蕾に向けていた。


 (お願い! 董艶トウエン様。どうか気が付いて!)


「皆さん! お聞きください!」


 女官たちの視線が暁蕾シャオレイに集まる。ここからは演技力が重要となる、暁蕾は息を大きく吸い込むとはっきりとした口調で続ける。


「私は先ほど布の下で甘淑かんしゅく様から真実をお聞きしました。こちらの品はある事情で悪人の手に渡り闇の市場に売られてしまったのです。元々は紅玉宮こうぎょくきゅう翠蘭スイラン妃が安慶の民に使ってもらおうと売ることを許された品。安慶の事情に大変気を配られている董艶様は、何とかとりもどせないかと探しておられたのです」


「ええっ! そうだったの?」


「お優しい董艶様らしいわね」


 女官たちの一部が声を上げた。かなり素直な部類の女官たちだろう。


「ですが品物はなかなか見つかりません。時間ばかりが過ぎていきました。そこで甘淑かんしゅく様の登場です。そのことを知った甘淑かんしゅく様は闇の市場へ自ら足を運び、品物を探し続けました。そしてとうとうこれらの品を見つけることに成功したのです。ですが甘淑かんしゅく様はそのことを秘密にしておられました。自分が見つけたことを董艶様がお知りになったら、受け取ってくださらないとお考えになったからです」


「それで品物のことを知らないとおっしゃってたのね」


「そんなに董艶様のことを思われているのね」


 甘淑かんしゅくに同情的な声がほうぼうで聞こえ始めた。何としてもこの茶番を最後まで続けるしかない。暁蕾シャオレイは次の一手を繰り出す。


「ところがです。ここで話は終わりません。さすがは董艶様です。甘淑かんしゅく様が自分のために求めていた品を手に入れたことに気づいておられました。董艶様は、気づかないふりをして受け取るようなお方ではありませんでした。何とか甘淑かんしゅく様の努力を皆に知らせることが出来ないかとお考えになったのです」


 (さあ、ここでとどめを刺すしかないわ!)


「董艶様、皆様に真実をお伝えしてよろしいですね?」


 董艶妃の口元は布で隠されているため表情は読み取れない。ただその口元は笑みをたたえていたに違いなかった。


「――好きにするがよいぞ。わらわは寛大じゃからな」


 よく通る美しい声音が広間に響いた。


「皆さま、董艶様のお許しが出ました。もうお分かりでしょう。本日、紅玉宮こうぎょくきゅうに仕える私がこちらに呼ばれた訳を。甘淑かんしゅく様が炎陽宮えんようきゅうを訪れた本当の訳を。董艶様が自分の靴を甘淑かんしゅく様に拾わせた理由を。全てが明らかになるように舞台が用意され、董艶様のご指示通りに私が動くことで甘淑かんしゅく様が董艶様を思う心も、それを無駄にさせまいとする董艶様の心も報われたのです!」


 暁蕾シャオレイの演説が終わると、広間は一瞬の静寂に包まれた。一瞬ののち、あちこちから歓声が上がった。


「董艶様、素敵!」


甘淑かんしゅく様もご立派ですわ!」


 意外な展開についていけなくなるのでは、と暁蕾は内心ドキドキしていたのだが、一旦広がった感動に近い波は収まらなかった。これほどにも人は流されやすいのか? いや、これは自分の力ではない。卓越した演技力を持つ甘淑かんしゅく、そして何より董艶トウエン妃の絶大な人気によるものに違いない、暁蕾シャオレイはそう思った。


「鎮まれ!」


 再び董艶妃の声が響き、ピタリと喧騒がおさまる。


「これにて閉幕じゃ。速やかに解散して仕事に戻るがよい。暁蕾シャオレイ、お前は香炉と銀盒ぎんごう翠蘭スイランへ返してやれ」


 董艶妃の号令で侍女や女官たちは広間を片付け始めた。暁蕾は助手を務めてくれた侍女、雪玲シューリンの元へ歩み寄る。


雪玲シューリン様、ありがとうございました。本当に助かりました」


「礼にはおよびません。私はあなたのお手伝いをすることが、董艶様のためになると思ったのでお手伝いしたのです」


 雪玲シューリンは相変わらず無表情だったが、その口調には幾分かの柔らかさが加わっていた。


「何をコソコソ話しているの? 姉さん」


 背後から声を掛けられ暁蕾シャオレイは驚いて振り向く。そこには紋様について2番目に証言してくれた女官、雪稜セツリョウが立っていた。


「姉さんってまさか?」


「はい、雪綾セツリョウは私の妹です」


 暁蕾シャオレイが戸惑っていると雪玲シューリンが教えてくれた。なるほどふたりとも名前に雪がついているのは両親の思いからだろうと暁蕾シャオレイは納得した。


「やけにその女の肩を持つのね。まあ私もうまい具合に利用されちゃったけど」


「言葉を慎みなさい、雪綾セツリョウ。あなたは敵を作りすぎです。私はこの方の味方をしたわけではありません。董艶様の利益になるように行動しただけです」


「姉さんこそ、あまり優等生ぶるのはやめた方がいいよ。それこそ敵を作るからね」


「お話中のところ申し訳ない。そこの女に用があるのでね」


 突然、話に割り込んできたのは甘淑かんしゅくだった。

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