第32話 暁蕾、秘密を漏らす

御史大夫ぎょしたいふはしくじったようじゃの」


炎陽宮えんようきゅうの一室で、ルー 美麗メイリンはひれ伏していた。この宮の主人、董艶トウエン妃に呼び出されやってきたのだった。


「はい、麻薬の取引が行われるという情報で空き家を見張っていらっしゃったそうですが、踏みこまれた時には宦官の死体が転がっており売人を捕縛できなかったそうです」


「宦官の死体はどうなったのじゃ、御史太夫が調べたんじゃろ?何もおおやけにされてないようじゃがな」


液庭えきていから宦官たちがやってきて運び去りました。事件は麻薬中毒による事故死とされ内々に処理されたそうです」


 董艶妃が愉快そうな笑い声を漏らした。


「やれやれ、何とも詰の甘い男じゃの。せっかく情報を流してやったというのに」


 なるほど、麻薬取引の情報自体、董艶妃が流したものだったのか。いったいこの貴妃の情報網はどれほどであるのか美麗メイリンは底知れない恐怖を感じた。そもそも董艶妃の命令で紅玉宮こうぎょくきゅうに密偵として潜入している自分もその一員なのだ。


 部屋の中にいるのは董艶妃と美麗メイリンだけだ。だが部屋の隠し扉のすぐ外には常に武器を持った刺客が控えており、美麗メイリンが不穏な動きをすれば直ちに抹殺されるだろう。


「次はどういたしましょう?」


 余計な口は聞かない方がいい。そう判断した美麗メイリンは簡潔に指示を仰いだ。


「備品係の小娘は使えそうか?」


「備品係? ああ、紅玉宮こうぎょくきゅうで働いている暁蕾でございますね。紅玉宮こうぎょくきゅうの倉庫にあった不用品を安慶の民に格安で売り、その売上で食料を買い被災地へ送るという策が大成功し翠蘭スイラン妃の評判が大いに上がりました。翠蘭スイラン妃や侍女の青鈴チンリンからの信頼を勝ち取ったようです」


「そうかそうか。面白いのお。わらわの命じた仕事そっちのけでそんなことをやっておるとは」


「そのことですが、一つご報告があります」


 そう言って美麗メイリンは空家で死んでいた宦官が、慈善販売会で高額な商品を購入したこと。商品を入れた籠を持って空家へ入ったが、死体のそばで見つかった籠はからで何も入っていなかったことを説明した。


 董艶妃はしばらく無言だったが、やがて口を開いた。


「わらわは暁蕾シャオレイとやらに言ったのじゃ。お前は宦官の悪事の片棒をかついでおるとな。愚かなことにまたしても片棒を担いでしまったようじゃな。じゃが今回はわらわの役に立つかもしれん。都にいる商人の動きを探らせよ。籠の中身が現れるやもしれん」


「はっ、かしこまりました」


 美麗メイリンは素早く部屋を出ると人に会わぬよう気をつけながら炎陽宮えんようきゅうを後にした。


 ※※※※※※


泰然タイランさま〜、来ましたよ~」


 いつも通り気の抜けた感じの挨拶をしながら暁蕾シャオレイシュー泰然タイランの部屋をのぞいた。


 泰然タイラン暁蕾シャオレイの姿を見るとくいくいと手招きをした。


「おい、お前いったい何をしたんだ?」


 泰然タイラン暁蕾シャオレイが近くに来ると声をひそめて質問した。


「何です?ぶしつけに」


「来たんだよ。宦官が」


 泰然タイランはここで言葉を切ると部屋の扉から顔を覗かせて誰もいないことを確認した。


「どうしたんです? ここは皇城なんですから宦官ぐらい来るでしょう」


 宦官という言葉に内心は動揺した暁蕾シャオレイだったが、勤めて冷静に言った。


「普通の宦官じゃねえんだよ。掖庭えきていの宦官だよ。紅玉宮こうぎょくきゅうの慈善販売会について細かく聞かれたよ。誰が企画したのか? 売り上げはいくらだったのか?とかな。もちろんお前の名前は出してないがな」


 掖庭えきていとは後宮を管理する宦官たちの組織で、後宮内の犯罪を取り締まる仕事もしている。


「でもそれって私を探しているわけじゃないですよね? 販売会が成功したんで気になったんじゃないですか?」


 骸骨男の正体が宦官であると告げると、秀英シュイン掖庭えきていの宦官がやってくると言っていた。その後どうなったのだろうか? 骸骨男との顛末を暁蕾シャオレイ泰然タイランに話していなかった。だが、掖庭えきてい泰然タイランのところまでやって来たのなら話しておいた方がいいのではないか?


「それがな、皇城や御史台ぎょしだいへ出入りしている女官について知っていることを話せと言うんだよ。まあ皇城はお役所だから女官が出入りしても別におかしくねえ。だが御史台は女官が行くところじゃねえんだよ。俺はお前の顔が真っ先に浮んじまったよ。まさかお前、御史台にも出入りしてるのか?」


 (やば、それって私のことだよね)


 動揺が顔に出てしまったのか、暁蕾シャオレイを見つめる泰然タイランの顔がゆがんだ。


「図星ってわけか……」


 泰然タイランはため息をついた。


「出入りって言うか……行ったことあるっていうか……何と言いますか」


「お前なあ。俺はお前に言ったぞ宦官には関わるなって。それなのに次々と厄介ごとを持ち込みやがって。その上俺に隠し事か?そんなに俺のことが信用できねえのか?」


 あいまいな返事をする暁蕾シャオレイを見て呆れたように泰然タイランは言った。暁蕾シャオレイは申し訳ない気持ちになった。董艶妃から命じられた仕事についても紅玉宮こうぎょくきゅうの慈善販売会についても泰然タイランにはとても世話になっている。


 どちらも引き受けた泰然タイランに利益があるわけではない。それでも泰然タイランは自分を助けて動いてくれている。口が悪くて適当なところもある男だが情にあつく信用できる人物だと思う。


「えっとー、御史大夫ぎょしたいふ様と知り合いでして。個人的に」


 泰然タイランは一瞬ポカンとした表情になった。


「ちょっと待て! 誰と知り合いだって?」


「だから、御史大夫ぎょしたいふフー 秀英シュイン様ですって!」


 泰然タイランはのけ反ると椅子から転げ落ちそうになった。


 

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