第30話 暁蕾、現場を調べる

 ひとりだけを残して男たちは骸骨男がいる家へ入っていった。暁蕾シャオレイは、家の隙間からじっと様子を見守っていた。


 しばらくして秀英シュインの部下のひとりが家から出てきた。小走りで暁蕾シャオレイが隠れている場所までやって来る。


暁蕾シャオレイ様でございますか? 御史大夫ぎょしたいふ様があなたをお呼びです。付いてきてください」


 自分を呼ぶということはもう危険がないということだろうか? 骸骨男はどうなったのだろう?そんな事を考えながら部下の男について家に向かう。


 暁蕾が家の入り口まで来た時、秀英シュインが出てきた。秀英シュインの顔は少し青ざめているように思えた。


「お前、死体を見た経験はあるか?」


「親族の葬儀でありますが……そういう事ではないのですね?」


「ああ、あらかじめ覚悟してもらいたい。お前には顔の確認をしてもらう必要があるのだ」


「わかりました。大丈夫です」


 秀英シュインについて家の中へと入る。最初に感じたのは白檀のような匂いだった。それもかなり強い匂いだった。家の中は必要最小限の家具しか置いていない殺風景な部屋だった。簡素な机とひと組みの椅子が部屋の中央に置いてある。机の上には見覚えのある籠が置いてあった。慈善販売会で商品を入れる籠に違いない。


 机の隣の床に藁で編んだムシロがかけられた何かがあるのがわかった。人の形に盛り上がっているのを見て暁蕾は息を呑んだ。ムシロのかたわらで秀英シュインの部下のひとりが、片膝をついてムシロを見下ろしている。


「こっちだ」


 秀英シュインにうながされて、ムシロの近くまで行く。


「覚悟はいいか?」


 暁蕾シャオレイ秀英シュインの言葉にうなずくと、秀英シュインはムシロをめくるように部下に命じた。ムシロの下から出てきたのは、骸骨男の変わり果てた姿だった。男の体は仰向けに寝そべっており、妙な方向に体がねじれている。両腕は体を持ち上げようとしたかのように突っ張っており、指の関節は床をきむしったかのように曲がっていた。骸骨男の顔を見て暁蕾は吐き気を覚えた。男の目は大きく見開かれており血走った目玉が天井をにらみつけているようだ。口と鼻からは血と汚物が混ざったような液体がダラダラと流れ出している。


「ひどい……」


 暁蕾シャオレイは思わず目を背けた。


「慈善販売会でお前が見かけた男で間違いないか?」


「はい、間違いありません」


「もういいぞ」


 秀英シュインの言葉で再びムシロが被せられた。白檀びゃくだんのような匂いがふわっと香ってきた。暁蕾シャオレイは軽いめまいを感じてよろめく。


「大丈夫か? 少し外の空気を吸った方がいい」


「籠の中身は?」


 暁蕾シャオレイはよろよろと机の上にある籠へ近寄り、中を覗き込んだ。


 中身はからだった。秀英シュインに支えられるようにして家の外へ出た。


「嫌な思いをさせてすまなかった。少し休め」


「大丈夫です。いったいあの家で何があったのですか?」


 暁蕾シャオレイを気遣う秀英シュインの言葉に首を振って尋ねる。


「わからない。我々が踏み込んだ時すでに男は倒れており、他に誰もいなかったのだ。検死した部下の見立てでは、薬物中毒で死んだのではないかということだ」


「この家は男の家なのですか?」


暁蕾シャオレイの問いに秀英シュインは首を振る。


「違う、ここは空家だ。ここで麻薬の取引があるという情報があって我々は見張っていたのだ」


「机の上にあった籠の中身がなくなっています。部下の方が回収したのですか?」


「ちょっと待て」


 秀英シュインは部下のひとりを呼んだ。


「机の上にある籠の中に何か入っていなかったか?」


「いえ、何も入っていませんでした。からです。薬物も見つかっておりません」


 報告を終えて部下が立ち去ると、秀英シュインは渋い顔になった。


「やられたな。裏をかかれたのかもしれん。死んだ男以外に誰かこの家に入るのを見なかったか?」


「いいえ、見ていません」


 籠に入っていた商品が家の中にないのであれば、誰か第三者が持ち去った可能性が高い。また薬物も見つからないとすると骸骨男が摂取した薬物はその誰かが渡して飲ませたのだろうか?様々な疑問が暁蕾シャオレイの頭に浮かぶ。


暁蕾シャオレイ、お前は慈善販売会の会場へ戻れ。お前は死んだ男は宦官だと言ったな。であれば間もなく掖庭えきていから宦官がやってくるだろう。お前はいない方が良い」


 掖庭えきていとは後宮を管理する役所で、宦官が取り仕切っている。秀英シュインがいる御史台ぎょしだいとは犬猿の仲のはずだ。


「落ち着いたら、また御史台へ来い」


「はい、そうします」


 路地を大通りに向かって歩き出そうとした暁蕾シャオレイ秀英シュインが呼び止めた。


「よいか、これ以上危ないことに首を突っ込むんじゃないぞ。普通に女官の仕事をこなすんだ」


(いろいろ巻き込まれたのは、秀英シュイン様のせいでもあるのに、勝手ね!)


 そう言いたい気持ちを押し殺して「はい」とだけ返事をしておく。秀英シュインの口調から本当に心配している様子が伝わってきたからだ。


 慈善販売会の会場へ戻ると、玲玲リンリン美麗メイリンが接客でてんてこ舞いになっていた。


「ちょっとおー! 暁蕾シャオレイどこ行ってたの? こっちは大変だったんだからね!」


暁蕾シャオレイずるい……おサボりダメ」


 暁蕾シャオレイはふたりから散々文句を言われてひたすら謝ることになった。


 それ以上問題が起こることなく、慈善販売会は無事終了した。

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