第27話 暁蕾、準備をする

(これ私にあてた言葉じゃないよね?)


 今でこそ仮の妹ということになっているものの、秀英シュインが下級女官のために文字を刻むとは思えない。これは誰か別の人間にあてた言葉だと考えるの自然だろうと暁蕾シャオレイは思った。


 それにしても「生きよ」とは、何か切迫した事情でもあったのだろうか?それとも前向きに生きるようにという応援の言葉なのだろうか?暁蕾シャオレイは何か心の中に不穏なものが湧き上がってくるのを感じた。


 ※※※※※※※


 文句を言っていた泰然タイランだったが、しっかりと仕事はしてくれた。慈善販売会の場所は安慶の都の中でも比較的人通りの多い通りにある広場に決定した。また当日は泰然タイラン司農寺録事しのうじろくじの役人数名が手伝ってくれる。うれしいことに玲玲リンリン氷水ビンスイの許可をもらい手伝ってくれることになった。


 暁蕾シャオレイ玲玲リンリン、それに紅玉宮こうぎょくきゅうの女官、美麗メイリンには特別に外出の許可も降りた、こちらは青鈴チンリン翠蘭スイラン様にお願いしてくれたのだろう。


暁蕾シャオレイ美麗メイリン紅玉宮こうぎょくきゅうの倉庫で、商品を箱に詰める作業を行なっていた。商品にはそれぞれ青鈴チンリンが決めた値段が書かれた値札が付いている。値段の付け方は翠蘭スイラン様から青鈴チンリンに一任されているとのことで、翠蘭スイラン様が青鈴チンリンを信頼しているのが良くわかった。


「これ安いよ!私が買っちゃおうかな」


 美麗メイリンがかわいいと気に入っていた銀のかんざしを手に取って言った。


「女官が貴妃様の持ち物を買って身につけるのはマズいんじゃない」


「そっかー、そうだよねー」


 美麗メイリンは名残惜しそうにかんざしを箱へ入れる。


「ねえ、そういえばさ。ここは不用品を入れる倉庫でしょ。日々使う品を入れる倉庫もあるの?」


 暁蕾シャオレイはふと気になって尋ねた。青鈴チンリンが何度も消耗品を発注しようとしていたのを思い出したからだ。


「うん、あるよー。この倉庫の反対側、紅玉宮こうぎょくきゅうの北側の一番奥にあるねー」


 軽い感じで答えた美麗メイリンだったがそこで少し首をかしげる。


「あーでも、私は倉庫に行ったことないし中を見たこともないなー。気がついたらそれぞれ必要な場所に品物が配られちゃってるから、気にしたことなかったけど一体いつ品物を出し入れしてるんだろ?」


「品物の搬入は宦官がやってるんだよね?」


「宦官が品物を運んでくるところ見たことないなー。もしかして真夜中に運び入れてるのかな? まさかね」


 暁蕾シャオレイは妙だなと思った。もう一度後宮における備品調達の流れを思い返してみる。それぞれの貴妃宮から必要な品物が記入された発注書が備品係である暁蕾シャオレイたちに提出される。備品係は発注書をまとめてお役所である皇城の備品管理担当、泰然タイランへ持っていく。


 泰然タイランが備品の発注係へ発注書を回すと商品が買付され皇城へ納入される。納入された商品は宦官によって後宮の倉庫へ運ばれて、さらに同じ宦官によって各貴妃宮へ運び入れられる。美麗メイリンは宦官が商品を運び入れるところを見たことがないと言っている。これについてはもっと調べてみる必要がありそうだと暁蕾シャオレイは思った。


 本来なら暁蕾シャオレイたち備品係がいるのだから、わざわざ宦官が商品の搬入や管理をやる必要はないはずだ。日用品の倉庫整理も任せてもらえればいいのだが、もっと信頼を得てからでないと難しそうだと暁蕾シャオレイには感じられた。


 慈善販売会の準備は順調に進み、とうとう販売会当日となった。昨日までに商品を載せる台、女官や皇城が座る椅子、紅玉宮こうぎょくきゅうの催しであることを示す旗など設置され、今日は早朝からみんなで商品を陳列する作業を行なっている。


 幸いなことに雲ひとつない青空広がっており、初夏の爽やかな風が心地よい。翠蘭スイラン様や青鈴チンリンにも見てもらいたいところだが、さすがに貴妃や侍女は後宮から出ることはできないのであった。


「あなたが玲玲リンリン? 私、紅玉宮こうぎょくきゅうの女官、美麗メイリンよ。よろしくね」


「あ、えっと……備品係の玲玲リンリンです。よろしく」


 玲玲リンリンを見つけた美麗メイリンが、ひらひらと薄桃色の襦裙じゅくんを風になびかせながら近づき、声をかける。玲玲リンリンは人見知りを発動してしまい目が泳いでいる。


「ふーん、ふーん、お人形さんみたい、かわいいー!」


 美麗メイリン玲玲リンリンの周りぐるぐると回ってしきりと、かわいいーを連発している。


「ちょっと、美麗メイリン。そんなにジロジロ見たら、玲玲リンリンも困ってるでしょ」


「へへっ、また怒られちゃった。暁蕾シャオレイってお姉さんみたいね」


「ううっ、お姉さん助けて……」


 (秀英シュイン雲嵐うんらんには妹って言われてるんですけどっ!)


 人を勝手に姉だの妹だのって言って、そんなに姉妹っていいものなのかな? ふと実家で秀英シュイン雲嵐うんらんの兄、玲玲リンリン美麗メイリンの妹と一緒に生活しているところを想像してみる。


 (楽しい……のかな?)


 巳の刻(午前9時)となり会場が開放された。どれくらいお客さんは来てくれるのだろうか?全く来なかったらどうしよう?暁蕾シャオレイは不安と期待が入り混じった気持ちで商品台の後ろに立った。


 不安が杞憂きゆうだったことはすぐにわかった。広場の入り口から人の波が押し寄せてきたからだ。


「走らないないでください!」


「ゆっくりと進んで!」


 泰然タイランの部下が大きな声で注意を促しているのが聞こえる。若者、老人、子供、男性、女性、あらゆる人たちで広場があふれていた。

 


 

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