第26話 暁蕾、魚符を眺める

 暁蕾シャオレイは、紅玉宮こうぎょくきゅうで倉庫整理の仕事を命じられたこと。翠蘭スイラン妃が物を捨てられなくて困っていること。倉庫にあった不用品を売る慈善販売会を安慶の都で行う計画を立てたこと、を秀英シュインに説明した。


「不用品を売った売上金で食料を買い、災害の被害にあっている州に送りたいのです」


「なるほど、翠蘭スイラン妃は捨てられない不用品を処分することができ、安慶の民は貴妃が使っていた高級品を安い値段で手に入れることができる。更には困っている被災者たちを助けることもできるというわけか」


 秀英シュインはあごに手をあててうなった。


「すごいじゃん。俺は優秀な妹を持って鼻が高いよー、なあ秀英シュイン


 雲嵐うんらん眉尻まゆじりを下げて、秀英シュインに言った。


「そ、そうだな」


 自ら提案した兄妹設定に照れているのか、秀英シュインの顔が少し赤くなった。


「それで、お願いというのは何だ? 慈善販売会のための場所や人員の確保とか許可とかそういうことか?」


「いいえ、それらは他の方にお願いしております」


 暁蕾シャオレイは真剣な表情になり言葉を続ける。


秀英シュイン様にお願いしたいのは、調達した食料をそれぞれの州へ送る段取り、それともうひとつ売上金の一部に溏帝国の予算を加えて家畜の餌を買い、纏黄てんおう国へ送って欲しいのです」


纏黄てんおう国だと!」


 秀英シュインの目が大きく見開かれた。


「ちょっと待て、お前は、我が国に侵入して略奪をはたらいている纏黄てんおう国へ援助しろと言っているのか?」


「その通りです。ただし無償で助けるわけではありません。交換条件として我が国との和平交渉に応じるように伝えるのです」


「ううむ……しかし、あの交戦的な纏黄てんおう国が交渉に応じるだろうか?」


 もし、家畜の餌を援助するともちかけてなお交渉を断られることがあれば、溏帝国の面子めんつは潰され、隣国に対して弱腰だと非難されるかもしれない。秀英シュインの心配はそこにありそうだと暁蕾シャオレイは思った。


「難しいのはわかっています。そんな弱腰な態度を見せるのは良くないとお考えなのですよね。であれば援助はあくまで劉家からということにしてはいかがですか?翠蘭スイラン妃の生家、劉家は自らの商隊を纏黄てんおう国に襲われて困っているようです。きっと協力してくれるでしょう」


「わかったぞ、我が妹よ!」


 雲嵐うんらんが芝居がかった声音で言った。


纏黄てんおう国に武器を売っていると噂されている劉家が、その一方で家畜の餌を送って我が国への侵入を止めるよう交渉するはずがない。この交渉がうまくいけば、いやうまくいかなくても交渉自体が明るみに出れば噂を否定することができる。って考えてるんでしょー」


 (げっ、この人するどいんだけど)


「そうなのか?」


 秀英シュインがあきれたように言った。


「まあ、そんなとこです」


 秀英シュインはしばらくの間、考え込んでいたがやがて何度もうなずいた。


暁蕾シャオレイ、お前の言うことは道理に合っている。それに交渉というものはやってみないと分からないものだ。俺は少し臆病おくびょうになっていたようだ」


「おっ! やる気になった?」


「ああ、なったさ」


 雲嵐うんらんの突っ込みにも秀英シュインはキッパリと答える。


「正直に言うと纏黄てんおう国については、いつか戦争になるかもしれんと思っていたんだ。家畜の餌を送って交渉など思い付きもしなかった。纏黄てんおう国と戦えば多くの犠牲がでるだろう。そんな事態はなんとしても避けねばならん」


「私もそう思います、秀英シュイン様」


「いいよー。兄妹で国を救う。泣けるねー」


「おい、お前も協力するんだ!」


「えっ! 俺も?」


 秀英シュインに話を振られてキョトンとする雲嵐うんらん


「可愛い妹のためだぞ。嫌とは言わせないからな」


 秀英シュインは鼻息を荒くして言った


「わかったよー、仕方ないなー」


「暁蕾、この話は翠蘭様にも伝わっているのか?」


「はい、翠蘭様が信頼している侍女を通じてお話をし、承知して下さったとの事でした」


 秀英シュインは納得したようにうなずく。


「ならばよい。家畜の餌の調達と纏黄てんおう国との交渉については俺がなんとかする。お前は慈善販売会が上手く行くよう頑張ってくれ」


「承知しました」


 秀英シュインの部屋を出ていこうとすると雲嵐うんらんが呼び止めた。


「暁蕾ちゃん、忘れ物だよ」


 何事かと暁蕾が振り返ると、雲嵐うんらんが手に持った魚符をひらひらさせている。御史台ぎょしだいの入り口で雲嵐うんらんに渡したままだったのを暁蕾は思い出した。


秀英シュインから返してあげなよ。大切なものなんだろ?」


 雲嵐うんらんの言葉に秀英シュインの瞳が一瞬揺れる。


「しっかり持っておけ」


 雲嵐うんらんから魚符を受け取った秀英シュインは、暁蕾に歩み寄ると、その手に魚符を押し込む。


 大切なもの、と雲嵐うんらんは言った。もしかしたら秀英シュインにとって特別な物なのかもしれない。


 (いつか教えてくれるのかな?)


 後宮への帰り道、ふと立ち止まって秀英シュインからもらった魚符を眺めてみる。魚の体を頭からふたつに割ったような形をしており、もう半分は秀英シュインが持っているのだろう。良く見ると平らな面に小さな文字が刻まれている。


『生きよ』


 そこにはそう書かれていた。

 


 

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