第25話 暁蕾、妹になる

「お前は冗談というものが通じないな。そんなことでは……」


「そんなことでは?」


「いや、何でもない」


泰然タイランは危うく発しそうになった言葉を飲み込んだ。


「ゴホン、それでお前の考えでは劉家に関する噂は真実ではないということだな?」


「証拠はありません。でも紅玉宮こうぎょくきゅうの侍女が嘘を言っているとは思えないんです」


「だとすれば、その噂は翠蘭スイラン妃をおとしめるために意図的に流されたということになるな」


「そうですよね。翠蘭スイラン様は皇帝陛下の后妃に一番近いと言われていますから、今一番勢いのある貴妃です。他の貴妃にとっては追い落としたい相手でしょうから、敵も多いでしょうね」


翠蘭スイラン妃は皇太后派なんだろ、だとすると怪しいのは皇后派の貴妃かな」


 関わりたくなかった宦官たちに続き、皇太后と皇后の派閥争い、今やそちらにも片足を突っ込んでいる。そのことを考えて暁蕾シャオレイは、思わず身震いした。


「仕方ないので私は私のやりたいことをすることにしました。紅玉宮こうぎょくきゅうにある不用品を販売する慈善販売会を開催することにしたんです。ご協力お願いしますね、泰然タイラン様!」


「俺に何ができるってんだよ?」


「安慶の都で販売会が出来そうな場所の確保と販売会実施の許可申請、人員の確保、その他もろもろです!」


「雑用じゃねえか!」


 ブツクサと文句を言う泰然タイランを残して部屋を後にする。その足で暁蕾シャオレイは、秀英シュインのいる御史台ぎょしだいへ向かった。門で秀英シュインにもらった魚符を見せると見覚えのある男が出てきた。


「あれ、あれあれー、暁蕾シャオレイちゃん、こんなとこで会うなんて奇遇だねー」


 紫の袍服ほうふくを着てヘラヘラとした笑いを浮かべた男、雲嵐うんらんだ。暁蕾シャオレイは慌てて拱手の礼をとる。


御史大夫ぎょしたいふ様にご相談があって参りました」


 (奇遇も何も、この間会ったのもここだったじゃない)


「そりゃあちょうどいいやー。俺もね、あいつに用事があって来たんだ。一緒に行こうよ」


 緊張感のない笑顔と話し方に、暁蕾シャオレイは思わずため息をつきそうになったが何とか我慢した。相変わらず黙々と仕事に打ち込む役人を横目に見ながら回廊を進み、秀英シュインの執務室へとやって来た。


秀英シュイン、お前にお客だぞー」


 雲嵐うんらんは、言い終わらないうちに扉を開けて中へ入っていく。部屋の奥にある執務机に座っている秀英シュインの目が驚きで見開かれるのが暁蕾シャオレイにも見えた。


雲嵐うんらん、何度言ったらわかるんだ! 部屋に入る前には声をかけろ」


「声ならかけただろー、それよりもうれしくないのかー? 屁理屈姫も一緒だぞ」


 (何なの? 屁理屈姫って)


「なんでお前たちが一緒にいるんだ?」


 秀英シュインが不機嫌そうに言う。


「そりゃあねー、暁蕾シャオレイちゃん、俺たち仲良しなんだよねー」


(は?ちょっと、そんな言い方したら勘違いされちゃうでしょ)


「ふーん、初めて会った男と簡単に仲良くなるんだな、お前は」


 その言葉は暁蕾シャオレイに向けて発せられたもののようだ。


 (なんか、嫌な言い方だな)


雲嵐うんらん様とは御史台の門で、偶然お会いしただけです。私は秀英シュイン様にご用があって参ったのです」


「そうか、まあどちらでもかまわん。それで用件はなんだ?」


 秀英シュインはぶっきらぼうに言う。


 (なによ!人を尻軽女みたいに言ったくせに)


「まあまあ、まずは座ろうよ。さあ、暁蕾ちゃん、どうぞ」


 そういいながら暁蕾の椅子を引こうとする雲嵐うんらん

 

「お止め下さい、雲嵐うんらん様。私は下級女官なのです。身分が違い過ぎるのです」


 暁蕾はあわてて雲嵐うんらんを止めた。


「身分かー、そりゃそうだよね。目の前にふんぞり返った目つきの悪い男がいるんだもんね」


 秀英シュイン雲嵐うんらんを横目でにらみつけたが、何も言わず、やがて大きなため息をついた。


「ふんぞり返ってなぞいない。俺や雲嵐うんらんが紫の袍服ほうふくを身に着けていられるのは、たまたま身分の高い家に生まれたからだ」


 それから暁蕾シャオレイの方を向き直ると言った。


「こういうのはどうだ。この俺の部屋にいる間は、暁蕾シャオレイ、お前は俺の妹だと思うことにしよう。そして俺と雲嵐うんらんはお前の兄だと思え」


「おっ、それいいじゃん!」


 雲嵐うんらんはすぐに賛成した。


「そんなこと出来るはずが……」


「息苦しくてかなわぬのだ」


 秀英シュイン暁蕾シャオレイの言葉をさえぎってポツリと言った。秀英シュインの琥珀色の瞳に寂しそうな色が浮かんだのに気が付き、暁蕾シャオレイはその後の言葉を飲み込んだ。


「わかりました。出来るかどうかわかりませんが、なるべくそう思うようにします」


 前回と同じように机を挟んで3人で座り、暁蕾シャオレイは話を始めた。


「知ってるとは思いますけど、私は紅玉宮こうぎょくきゅうで働き始めました」


 ひとりっ子の暁蕾シャオレイに兄はいないが、もしいたらと想像しながら、なるべくくだけた口調で話す。


「ああ、うまくいったな」


「大変だったよねー、根回しがさー」


 やはり秀英シュインの力による採用だったようだ。


「それで、劉家による他国への武器売買の噂なんですけど、真実ではないと思います。紅玉宮こうぎょくきゅうの侍女と噂について話をしたのですが、間違った噂を流されて迷惑だと言っていました。もちろん、その侍女が嘘を言っている可能性もあります。ですが彼女の反応はとても嘘を言っているようには思えませんでした」


「そうか、お前の直感が正しいなら噂は誰かが意図的に流したと言うことになるな」


「はい、それで、秀英シュイン様にお願いしたいことがあるのです」


「お願い?」


 秀英シュインが意外そうに眉を上げた。

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