第24話 暁蕾、計画を立てる

「そのお金を人のために使うんです!」


 青鈴チンリンの目が細められる。まるで珍しい生き物を見るような目だった。


「ええ、美麗メイリンから聞いたわ。食料を買うんですってね」


「昨年、北部の州で大寒波、南部の州では大雨による洪水が立て続けに起こりました。どちらの州でも食料が不足していると聞いてます。今回の売上金で食料を買って被災地に送るんです」


「翠蘭様の大切な品物を売ったお金をそんなことに使うっていうの? そんなことは皇城の役人が考えることじゃないのかしら?」


 青鈴チンリンの反応は暁蕾の予想通りだった。確かに翠蘭様が自らの資金で被災地の民を救う必要はないだろう。


纏黄てんおう国をご存知でしょうか?」


 暁蕾が発したなんの脈絡もない質問に青鈴チンリンがいぶかしげな視線を向けてくる。


「知ってるわ。北方の野蛮な国でしょ。劉家の商隊もやつらに襲われて商品を奪われてるんだから。でもそれがどうしたって言うのよ?」


「大寒波で被害を受けているのは、我が国だけではないのです。遊牧の民である纏黄てんおう国の民も家畜の餌がなくなり南へ移動してきてるのです。纏黄てんおう国は今は国境付近へ一時的に侵入しているだけですが、北部の州、さらには黒河こくが州へ攻め込むかもしれません。劉家にとっても大いなる災いとなることでしょう」


『劉家への災い』という言葉を聞いて、見る間に青鈴チンリンの顔が青ざめた。


 暁蕾は、もう一つの切り札を切ることにした。


「後宮の女官たちの間に、よからぬ噂が広がっています。劉家による他国への武器売買に関する噂です」


 青鈴チンリンの青ざめた顔に、怒りの表情が加えられた。


「根も葉もないれ言だわ!」


「噂をご存知なのですか?」


「知ってるも何もその噂のせいで本当に迷惑してるんだから!他の貴妃からは白い目で見られちゃうし、皇太后様からも苦言をていされているんだから」


「噂は真実ではないのですね?」


「ちょっと、あんた。まさかその噂信じてる訳じゃないでしょうね。もしそうだったら今すぐこの紅玉宮こうぎょくきゅうから出ていきなさいよ!」


(青鈴チンリンがウソを言ってるようには思えないな)


青鈴チンリン様、私に良い考えがあるのです。うまく行けば紅玉宮こうぎょくきゅうに降りかかる災難をまるごと取り除くことが出きるかもしれません」


「なんですって!」


 目を丸くする青鈴チンリンに暁蕾は自分の計画を話して聞かせた。


「本当に上手くいくの?」


 信じられないという表情の青鈴チンリンに暁蕾はうなずいてみせた。


 翌日から暁蕾と美麗メイリンは、暁蕾の計画を実行するため行動を開始した。今回の計画を実行するには御史大夫ぎょしたいふである秀英シュインの助けが必要だった。泰然タイランのところにも顔を出しておかないといけない。


 暁蕾は、まず泰然タイランの作業部屋に立ち寄ってから、秀英シュインがいる御史台ぎょしだいへ行くことにした。


泰然タイラン様、来ましたよ〜」


 暁蕾が部屋をのぞくと泰然タイランは、椅子に座った状態で腕組みをして目を閉じていた。


 (居眠り?)


 そう思ってもう一度声をかけようとした時、泰然タイランの目がうっすらと開く。


「遅かったな、暁蕾シャオレイ


「申し訳ありません、泰然タイラン様。いろいろとあって遅くなりました。もしかしてお休みでした?」


「いろいろとはなんだ? いろいろとは? それに寝てはおらんぞ。考え事をしていただけだ」


「そうですか。失礼しましたー」


 暁蕾はわざと棒読みで答えた。泰然タイランは、ばつが悪そうに咳払いをした。


「今まで分かったことをご報告しますね」


 暁蕾は、書庫である天三閣てんさんかくで調べた内容を泰然タイランに説明した。


「つまり武器横流し先として一番怪しいのは、纏黄てんおう国ということか?」


「我が国にたびたび侵入して略奪を行っている点や、寒波で家畜の餌がなくなって困っているという点で武器を必要としているとは思いますが、証拠は何もありません」


「俺も昔のツテを使って調べてるんだが今のところ何もわからん。すまんな」


「あの発注書はどうされたんですか?」


「ああ、あれならいつも通り処理して商品の調達係へ提出したよ」


 泰然タイランの言葉に暁蕾は目を見開いた。


「ええっ! あれ出しちゃったんですか?」 


「仕方ねーだろ、董艶トウエン様のご所望しょもうなんだから」


「絶対、問題になりますよ。大丈夫なんですか?」


「さあな、わからん。でもな、董艶トウエン様はお前に、品物が倉庫へ届けられるのを自分の目で確認するように言われたのだろう? つまり実際に発注しろってことじゃないか」


「それはそうなんですが、なんか嫌な予感がするなー」


「心配するな、ダメならダメと返事が返ってくるだろうよ。その時は変わり者の貴妃のおたわむれでしたって言えば許してもらえるだろ」


 そう言って泰然タイランは肩をすくめた。


「なんか、やけっぱちになられてませんか?」


「まあ、俺はもうこれ以上堕ちるとこがないってとこまで堕ちちゃってるからな、怖いものなしだぜ、ガハハハハ」


 暁蕾が生ぬるい視線を向けているのに気がつき泰然タイランは目をそらした。


「あっ、そうだ。私、紅玉宮こうぎょくきゅうで働くことになったんです」


 思い出したように付け加えられた暁蕾の言葉に、今度は泰然タイランが目をむいた。


「何だと! どういうことだ?」


 秀英シュインと会って相談したことは言わない方がいいだろう。そう判断した暁蕾は、紅玉宮こうぎょくきゅうの貴妃、翠蘭スイラン妃の生家である劉家が、他国に武器を売却して利益を得たという噂を聞いたこと。たまたま紅玉宮こうぎょくきゅうが女官を募集していたので噂の調査を兼ねて応募したことを説明した。


「しかし、よく採用されたなー、お前が」


 そう言って泰然タイランがジロジロみてくる。


「あっ! 今、私のこと変な目で見ましたね。もういいです。帰ります」


「か、勘違いするな。見てない見てないぞ!」


 出て行こうとする暁蕾を泰然タイランが慌てて呼び止めた。  


 

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